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Think of Fashion 061
フォルチュニを読み直す「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」を受けて

プリーツが施された絹のドレス「デルフォス(Delphos)」で知られるマリアノ・フォルチュニ(Mariano Fortuny, 1871-1949)の展覧会「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン」展が東京・丸の内の三菱一号館美術館で開催されている。これを受けて2019年8月18日、担当学芸員の阿佐美淑子氏と、 フォルチュニのドレスを所蔵している京都服飾文化研究財団キュレーターの筒井直子氏によるトークイベントが、青山のスパイラルにて開催された。なお、同所では1985年に「フォルチュニイ展: 布に魔術をかけたヴェニスの巨人」展が開催されている。

フォルチュニという作家はファッションの文脈でよく知られているが、実際には絵画、版画、写真、舞台美術、照明器具といった多様な作品を残している。今回のトークは、展覧会の構成と同様に、彼の様々な創作に触れるとともに、服飾や染織品の表現について理解を深められるように展開された。また同時に、フォルチュニという作家が80年代中盤まであまり言及されなかった理由について考えながら、彼のファッション史のなかでの位置付けや重要性についても議論が交わされることとなった。

   

多様な作品から垣間見えるテクノロジーの探求

トークではまず、フォルチュニの絵画作品について彼の生い立ちと共に紹介された。フォルチュニの母方の親族であるマドラソ一家は高名な画家の一族であった。そのため自画像や親族によって描かれた肖像画も残っており、またマリー・ローランサンのような著名な画家の作品にも登場する。フォルチュニ自身も画家であることにこだわり、多くの絵画作品を残している。そして彼の創作には、優れた画家であった父親による影響が垣間見える。

フォルチュニはまたワーグナーからも影響を受け、そのオペラ作品を題材にした絵画も残しただけではなく、舞台装置や舞台照明も手掛けている。実際にヴェネツィアのフォルチュニ美術館で展示されている舞台装置模型を熟覧した阿佐美氏は、「情景の色彩が徐々に変化するような装置には作家の色彩に対する感性が読み取ることができ、後の服飾作品にも通じる」と述べた。彼はその後も舞台装置の制作を続けており、移動型劇場装置も考案した。こうした彼の創作活動からは、豊かな感性はもちろん、テクノロジーへの探求精神も見出すことができる。

このように幅広い創作を手掛けているものの、やはり服飾や染織作品にもっとも魅力を感じると阿佐美氏は述べる。そして、代表作品である「デルフォス」についての詳しい解説がなされた。「デルフォス」は、1896年にギリシアのデルフォイで出土した《デルフォイの御者》という等身大の青銅像の衣装をみた妻アンリエットが、こんな衣装が欲しいと言ったのを端緒に、彼が拠点にしていたヴェネツィアの工芸技術の粋を集めて作られたものである。ムラーノ島のガラス玉は単なる装飾ではなく、その重さで軽いシルクを抑えるための機能も課せられている。デルフォスは小さく丸めることができ、驚くほど軽いそうだ。販売時は小さな箱に収められ、洗濯する場合はフォルチュニ社に持ち込むように購入者に指示がされていたようだ。それは繊細なプリーツゆえで、このプリーツは現代でも当時の技法の再現には至っていない。1909年に出願されたフォルチュニによる特許状も紹介されたが、この書類だけでは「デルフォス」の秘密を解き明かすには不十分だそうだ。これは、ヴェネツィアという地場産業や工芸技術を守ろうとする秘密主義的な風土の気質も関係しているのかもしれない。

フォルチュニはデルフォスの他にもベルベットなど多様な生地を用いた作品を生み出しているが、デルフォスのシルクもベルベットも自社で織ることはなく、織地を加工して生産されている。しかし、その加工にも様々な工夫がみられる。例えばステンシル技法でつけられたさまざまな模様は、両親の生地コレクションを初めとする古今東西の生地からインスピレーション受け、織目までもが染めで表現されている。またベルベットなどはエイジング加工を施すことで、本物らしくヴィンテージな風合いが引き出され、すごく重厚感があるように見えるが、実際にはとても軽い。素材の毛足がプリントで寝ることによって、織り目の風合いを表現しているものもある。またレース風のプリントも、16世紀のレースの転写などがなされており、歴史的なデザイン、古今東西のデザインを忠実に再現するのも彼の特徴である。

   

“ファッション史”における語り

こうした様々な作品を残していることから、服飾史においても重要な存在に思われるフォルチュニだが、注目を集めるようになったのは1985年頃からで、彼を取り上げる展覧会が開催されるようになってからのことであった。実際のところ、それ以前ではポワレ、ランヴァン、シャネルにといった同時代のデザイナーに比べて言及されることが少なかった。

ここで筒井氏から投げ掛けられたのが、フォルチュニの衣装は「ファッション」なのかという疑問だ。フォルチュニの活躍した時代以前は、ジャック・ドゥーセのようなコルセットでシルエットをつくる服が流行していたが、ポワレによって「コルセットから解放された」というのがファッション史における語りだろう。しかし、実際にはそれでもコルセットはつけられていた。フォルチュニの「デルフォス」もコルセットを使わずに着ることができるものであったが、ポワレほど取り上げられることがなかったのはなぜだろうか。

筒井氏は、「それはフォルチュニの「デルフォス」がティーガウン、室内着であったからではないか」との考察を示した。フォルチュニは定期的なコレクションの発表をしてはおらず、「デルフォス」は大幅なデザイン変更はなく、マイナーアップデートで販売が続けられていた。「デルフォス」は裏地がなくものすごく薄いため、身体のラインを拾ってしまう、心もとない服だ。実際に「デルフォス」をアメリカで販売していたエルシー・マクニール・リー(ゴッツィ伯爵夫人)は、「デルフォス」はイブニングドレスではなく、外出する際に着ることはないと振り返っているそうだ。しかし阿佐美氏は、妻アンリエットが旅行時に「デルフォス」を外で着用していた写真が残っている点を指摘しており、「デルフォス」という服はいまだ謎に包まれていることがわかる。いずれにせよ、ファッション史におけるフォルチュニの位置付けを考えていくことは、ファッション史が何を「ファッション」として捉え、どういう存在を「ファッションデザイナー」として定義してきたかを解き明かす作業ともなっている。

   

今日でも生き続けるフォルチュニの作品

それではなぜ、1980年代後半から急速にフォルチュニへの注目が集まったのであろうか。ミュージアムで単独で取り上げられたのは、1967年のロサンゼルス・カウンティ美術館での展示がおそらく最初であるが、大規模な展覧会ではなかった。そして次に開催された1980年のリヨン織物博物館での展示が世界的に大きな注目を浴びることとなった。これを端緒にその後、世界中で展示が次々と開催されている。

この再評価の背景には、実際にフォルチュニの作品を着用したセレブリティの存在がある。例えば、アメリカではグロリア・ヴァンダービルト、日本ではティナ・ラッツ(チャウ)といった女性たちがヴィンテージの「デルフォス」を着用している。ミュージアムでの展示図録でも、フォルチュニの作品は数々の図録において、生身の人間が着用した写真が採用されており、実際に着用する女優や媒介者によって紹介されるという特徴が見られる。これは、フォルチュニの服は時代を超えて着用可能なものであることを示している。とはいうものの、同時に服飾作品としては脆弱であり、年月の経過によってダメージも進むため、マネキンに着せつけた状態で鑑賞できるのが今回の展覧会で最後となる作品もあるそうだ。

今日でも、フォルチュニ社は当時の製法のままでの綿素材のテキスタイル生産を続けており、実際に購入することもできる。今でも色褪せないフォルチュニの作品たちは、シーズンごとに新しいものへと入れ替わるファッションとは異なる、工芸品としての在り方を示しているとも言えるかもしれない。本日のトークイベントからは、フォルチュニの作品の美しさはもちろんのこと、多様なメディウムを自由に行き来しながらテクノロジーを探求する、彼の科学者的な側面を知ることができた。フォルチュニという作家は、ファッションデザイナーにとって審美的表現だけではなく、テクノロジーの探求や他のデザインプロダクトの関わりも重要であることを再認識させてくれる存在なのかもしれない。それゆえ、ファッションに関心がある人はもちろんのこと、美術、デザイン、テクノロジー、メディアといった多様な関心のある人にぜひ、「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン」展に足を運んでもらいたい。

   

*文:藤嶋陽子

   
   

FashionStudies®×ファッション文化研究会
Think of Fashion 061
フォルチュニを読み直す「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」を受けて

・開催日時:2019年8月18日(日)15時開催
・会場:スパイラルルーム(スパイラル9F)
・共催:ファッション文化研究会
・協力:三菱一号館美術館
・会場協力:スパイラルスコレー
・講師:阿佐美淑子(三菱一号館美術館主任学芸員)筒井直子(京都服飾文化研究財団キュレーター)

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登壇者プロフィール
阿佐美淑子(あさみよしこ)
三菱一号館美術館主任学芸員。神奈川県立近代美術館、東京芸術大学大学美術館、北九州市立美術館を経て2007年より現職。専門は染織、服飾を中心とする東西交流史、文様史。主たる担当展覧会に「田園讃歌 近代絵画に見る自然と人間」展(2007年)、「三菱が夢見た美術館」展(2010年)、「KATAGAMI Style」展(2012年)、「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン」展(2019年)ほか。

筒井直子(つついなおこ)
2000年より京都服飾文化研究財団(KCI)に勤務。キュレーター。「Elegance and Splendour of Art Deco」展(2016年~17年、モスクワ・クレムリン美術館)など国内外の展覧会企画に携わる。司書、教育普及を兼務。広報誌『服をめぐる』編集、文献資料の研究、収集、保存を担当。