「ここに いても いい」展覧会評 #02
長谷川祐輔 哲学者・哲学のテーブル代表

物語が失われた世界で「あとがき(writtenafterwards)」を綴ること
──山縣良和「ここに いても いい」に寄せて

1. 山縣良和が残してきたもの

山縣良和というファッションデザイナーから、人は何を思い浮かべるだろうか。服を作らないファッションデザイナー、アーティスト、教育者などだろうか。山縣の属性のどこの部分が際立って見えてくるかというのは、彼との接点によってそれぞれ異なるように思う。それは、山縣の表現活動が狭い意味での「ファッション」や消費に還元されるような流行といった言葉にはおさまらないことの現れでもある。

アーツ前橋での展示「ここに いても いい」は、展覧会が6つの章(第0章「バックヤード、第1章「神々、魔女、物の怪」、第2章「集団と流行(はやり)」、第3章「孤立のトポス」、第4章「変容する日常」、第5章「ここに いても いい」)に加え、山縣が代表を務める「ここのがっこう」の学生たちの作品を展示している「アフタースクール」によって構成されていることからも窺えるように、ファッションを装いの源に遡って考えながら、時代に応答しようとしてきた山縣の17年間の活動の系譜を鑑賞することができる展示になっている。

山縣が日本のファッションクリエーションに対して残してきた影響は疑い得ないものである。しかし、展覧会やファッションショーについての個別のインタビューや文章などは発表されつつも、ファッション表現や教育活動を含めた彼の活動全体が持つ功績が十分に言語化されてきたとは言い難いように思う。ここでは、限られた分量ではあるが「ここに いても いい」に寄せながら、もう少し広いスコープで、山縣が残してきたものの輪郭を明らかにすることを試みる。

   

2. 「ファッション/モード」の再設計

山縣が一体何をして、何を残してきたのかという問いに対して与えうる一つの応答として、「ファッション/モードの再設計」がある。どういうことかと言えば、日本のファッションデザイナーが世界的に知られる流れとして、西洋におけるモードのルールに則った上で、「日本的」と見做されるものを提示し、日本からのカウンターとして受容されるという前衛の回路が、20世紀の後半、日本のファッションデザイナーが世界に出ていくための手段となっていたように思う。

しかし山縣のファッションクリエーションは、こうした論理とは別のところにある。すでに規範化された論理や構造を梃子にしたカウンターとしてのファッションではなく、ファッション/モードにおける表現の文法そのものを自ら再設計したところに、彼のクリエーションの核心がある。このことについて、山縣の代表作の一つでもある《七服神》(2012)の制作プロセスをたどりながら考えてみよう。

《七服神》

《七服神》は、山縣が東日本大震災に対してファッション表現で応答しようと試みる中で生まれた作品である。《七服神》の創作が、リサーチベースのプロジェクトとして始まったことからも窺えるが、震災後山縣はすぐに服を作ったりせず、服を作る根拠そのものを自ら手繰り寄せようとするようにファッションを通して震災と向き合っていた。日本における災害の歴史、日本列島の条件に由来する日本人の特性など、災害や地理的条件についてのリサーチを重ねた。そして、リサーチの果てにたどり着いた、「現代における震災後の日本にファッションの神がいたらどんな装いをしているだろう?」¹ という問いのもと、《七服神》が制作された。山縣の創作には物語を作ることから始まるものが多いが、《七服神》もその一つである。ここで必要な範囲でそのストーリーの要点に触れておく。

《七服神》は山縣が「ファッションの創世記」を描こうとしたことから始まり、アダムとイヴの神話がベースになっている。ファッションデザイナーを志すアダムは、動物たちと暮らしている。アダムが覗くことを禁じられた空間では、動物たちが《ゼロ円紙幣》(2013)を制作していることが判明する。《ゼロ円紙幣》は、「弊」の文字に貨幣としての意味と布としての意味が共存していることに焦点を当て、貨幣的には0円であることと、布としては高価な交換価値や美的な価値が含まれているというダブルバインドなコンセプトの作品となっている。「七服神」のストーリーを構成する上で重要なピースとなっており、資本主義の論理と共犯関係にあるしかないファッション産業そのものに対する山縣からの投げかけが込められている。²

《ゼロ円紙幣》

しかし本展を見ただけでは、《七服神》の重層的なストーリーを読み取ることは困難だろう。プロジェクトとしての「七服神」を構成する上で重要な、《七服神》のマスターピース、アダムの立体、《ゼロ円紙幣》はそれぞれ分散して展示されており、それぞれが作品として持つポテンシャルが十分に再現されていなかったように思う。《七服神》は山縣にとって代表作の一つでもあり、テキストを含めたキュレーションによってもう少し丁寧に配置してもよかったのではないだろうか。

いずれにしても繰り返し強調しておきたいのは、山縣のファッションクリエーションにおいて、装いの源に対する想像力、日本列島における災害の歴史や布と貨幣の歴史を紐解くことは、ファッションを探究する営みとして共存しているという点である。既存の流行やファッションクリエーションの文法にはおさまらない、歴史から現在へと至る系譜を掘り起こし、複数の異なる時間軸へと想像力を働かせながら創作のプロセスを重ねることで、山縣は西洋における前衛的ファッションとしての日本といった論理とは異なる、独自の表現の回路を作り上げてきた。

山縣のファッションクリエーションにおいて特徴的かつ象徴的なことをもう一点追加しておくと、それは山縣の表現の独自性が強化されればされる程、既存のファッション業界とは距離ができていくという現象である。例えば《七服神》は発表された後狭い意味でのファッションにはおさまらず、他のアートのフィールドに波及していった。

なぜこのようになるのか考えてみると、山縣の表現に対して「モード」という言葉をあてがうことは、的外れなように響くだろう。なぜなら、モードとは一般的にファッションとされているもののメインストリームにあるデザインに使われることが多いからだ。しかしわたしは、山縣の表現に対して「モード」と言ってみた時に仮に違和感が生じるのだとすれば、そのこと自体が「モード」という概念を再考しないまま、流行としてのファッションに結びつけていることの象徴でもあると考える。では、山縣のファッション表現にモードという言葉を充てることに妥当性があるとすれば、それはいかなる意味においてなのか。

イタリアの哲学者、ジョルジョ・アガンベンは、「同時代人とは何か?」というテクストにおいて、同時代的であるとはどういうことかを問いながら、モードの概念について論じている。同時代的であるとは、おのれが生きる時代や、その時代において規範化されている価値観と一致しているということではない。むしろ、同時代的であるとは、現在が過去や未来といった乖離した異なる複数の時間軸によって構成されているものと捉え、「ばらばらになった時間の背景を接ぎ合わ」³せるような態度のことである。

同時代人はまた、時間を分割し内挿することによって、時間を変形させ、さらにほかの時間との関係を作りだし、歴史をいまだ知られざる方法で読むことができる人物でもあるのです。同時代人は、何らかの気まぐれからではなく、返答せずにはいられない要請から由来する必要性にしたがって、歴史を「引用する」ことができる人物です。それはあたかも、現在の暗闇である目に見えない光が、過去の上に自身の影を投げかけ、そうして影の光束によって照らされた過去が、いまという闇に返答する能力を獲得したかのようです。⁴

同時代性とは、過去を引用して現在に召喚し、現在の時間を異化するような人物のことである。そしてアガンベンによれば、こうした同時代性の位相のずれを象徴する時間性として、モードを挙げることができる。モードは現在や流行と結びつけられるが、しかしある人間や特定の衣服が「いまこの瞬間モードである」と言うことはできない。なぜならモードが示す瞬間は生成されるものだからであり、ある一点を指すものではないからである。

モードの時間性には、同時代性と親密な関係を取り結ぶようなもうひとつの特徴があります。「もはや〜ない」と「いまだ〜ない」にしたがって、モードの現在は時間を区切るのですが、その身振りのさなかで、モードは「ほかの時間」との特殊な関係を築くのです。「ほかの時間」とはもちろん過去のことであり、おそらくはまた、未来のことでもあるでしょう。すなわちモードは、このようなやり方で、過去のいかなる瞬間をも「引用し」、それらをもういちど現代風に仕立てることができるのです。〔…〕すなわちモードは、みずからが情け容赦なく分断したもの同士をたがいに関連づけ、みずからが死の宣告さえ下したもの同士をふたたび呼び出し、揺り起こし、活性化させることができるのです。⁵

敷衍しておこう。モードとして生成する瞬間とは、異なる時間との関係性から構築される。過去を引用したり未来を想像することで現在に召喚し、現在の時間において再起動させることができるような人物こそが同時代的なのであり、モードを作ることにほかならない。

ここまで見てみると、山縣が自身のファッションにおいてモードということにどれ程拘っていたかは定かではないが、装いの源や、社会的課題や災害などを過去に遡って解きなおし、現在において再生させるファッションクリエーションは、ここまで整理してきた意味でのモードを作り出すことと重なっている。そこで作り出されるモードとは、モードという言葉から通常連想されるような一過性の流行とはかけ離れたものではある。しかしモードをばらばらになった時間軸や歴史の堆積した、複層的な現在と捉えてみるならば、山縣が残してきたファッション表現はまさにモードであると言えるだろう。

本展のタイトルは「ここに いても いい」だった。山縣にとって「ここ」という言葉は重要な意味を持っている。彼が開校した「ここのがっこう」の「ここ」は、今この場所と個々人という意味が含まれている。そこからは、この場所という制約や、個人(自分)という制約を引き受けながら、その足元を精緻に見つめることで普遍的なものに到達しようとする態度を読み取ることもできる。

最後に個人的に印象深かった、会場で配布される「副音声的な展示解説」の山縣の言葉に触れておきたい。

今までの作品では少なからず、現代の社会問題や歴史に向き合ってつくってきたんですけど、今はちょっとそういう社会問題に以前のようにうまく自分の心が接続できなくなりました。目の前のことでもう一杯一杯な自分がいて、ただただ目の前のやるべきことに向き合いながら日々を過ごしている中で、今の僕には目の前にあるパーソナルな出来事や風景からしかリアルな作品をつくれないという結論に至ったんです。⁶

山縣個人の実感から湧き出てきたであろうこの言葉は、この展覧会を考える上でも重要である。社会問題や歴史をたどりながらファッションに向き合うことは、山縣のクリエーションの方法そのものであった。社会問題や歴史に向き合うことと密接だったファッションクリエーションから、今ここに向き合うことによってファッションを立ち上げることへの移行を象徴するかのように、本展の最後ではスマートフォンで撮影された子どもの映像が展示されている。

第5章「ここに いても いい」

ここでの山縣の言葉を、大きな転換を示すもののように読むこともできるかもしれない。社会問題や歴史を通じた表現と、子どもの映像を展示することだけを考えてみれば、それらは全く異なる行為だろう。しかし山縣がファッションクリエーションやここのがっこうでの教育を通して残してきた、個別性と結びついた普遍性を志向する態度について考えてみれば、大きな社会問題や歴史に向き合うことと、子どもの映像を展示することに、大きな隔たりはないように思う。

既存の物語や表現の上に安住するのではなく、後ろ盾がないところで、わたしという個と、いまここといった二重の意味での「ここ」が持つ制約を引き受けること。誰もが頼れる物語が失われた世界の中で、あとがきを残すことが可能だとすれば、そんな態度によってなのではないかと思う。「ここ」の制約を引き受けながらも、未来を想像したり、過去を編みなおすことで、普遍性に到達しようとする過程の中で作り出されていくものたちの連鎖は、未来へ向けた壮大なあとがきとなるだろう。

   
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1.「ここに いても いい」 副音声的な展示解説、インタビュー山縣良和、インタビュアー宮本武典。
2.「鬼才デザイナー山縣良和に聞くファッションとアートとお金の話」
3.ジョルジョ・アガンベン「同時代人とは何か?」『裸性』岡田温司、栗原俊秀訳、平凡社、2012年、24頁。
4.同上、36頁。
5.同上、32頁。
6.「ここに いても いい」 副音声的な展示解説、インタビュー山縣良和、インタビュアー宮本武典。

   
   

長谷川祐輔
哲学者。一般社団法人哲学のテーブル代表。
共同制作やアートプロジェクトの活動を通して、哲学が現代社会のなかで果たせる役割を探求することに関心がある。主な論文として「太陽の隠喩と崇高の光──デリダとラクー゠ラバルトのミメーシス論」(『モラリア』東北大学倫理学研究会、2022年)、「「プロジェクト」の時代における学園空間とコレクティフ」(『ARCHIVE : HAM2022』HAM2022実行委員会、2023年)、「崇高の二重化とアナムネーシスの問い──ラクー゠ラバルトとリオタール」(『Limitrophe リミトロフ 05』、東京都立大学西山雄二研究室、2024年)など。著書として『哲学するアトリエ』(一般社団法人哲学のテーブル、2023)がある。

   
会場写真 画像クレジット:木暮伸也 Shinya Kigure

   

展覧会について

ここに いても いい リトゥンアフターワーズ:山縣良和と綴るファッション表現のかすかな糸口
会期|2024年4月27日[土]− 6月16日[日]
会場|アーツ前橋(〒371-0022 群馬県前橋市千代田町5丁目1−16)

神話などからインスピレーションを得た物語的コレクションで知られる山縣良和のファッションレーベル〈リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)〉。そのノスタルジックな表現は、〈装う〉心の純粋性を追求しながらも、3.11からの再生を祈った《The seven gods》、ファッション業界へのアイロニーを込めた《Graduate Fashion Show》、戦後と日本人の集団性をテーマにした《After Wars》、コロナ禍の都市を離れ無人島で描いた新しい人間像《Isolated Memories》など、資本主義社会や歴史観への問題提起を大胆に織り込み、常にファッションの領域をこえた注目を集めてきました。また、教育者としても知られる山縣はファッションの私塾〈coconogacco(ここのがっこう)〉を主宰し、参加する一人ひとりが生きる場所や社会を見つめ、「ここ」から独自の表現を立ち上げていく学びと実験の場をひらいています。

美術館で初の個展となる本展「ここに いても いい」では、リトゥンアフターワーズのこれまでの歩みを紹介するとともに、山縣が考える日本社会とファッション表現の〈いま/ここ〉を新作インスタレーションで浮かび上がらせます。「日々ニュースから飛び込んでくるウクライナとガザの悲劇、そして能登半島地震と、個人では消化しきれない歴史の大きなうねりの中で、いま自分が表現できるのはとてもパーソナルなこと」と語る山縣。“writtenafterwards”とは、〈あとがき〉や〈追記〉を意味します。ファッションを通して常に自己と社会に向き合ってきた山縣は、混迷が続く私たちの世界にどんなストーリーを書き加えるでしょうか。

主催|アーツ前橋(〒371-0022群馬県前橋市千代田町5-1-16 / 電話027-230-1144)
助成|日本芸術文化振興会
後援|上毛新聞社、群馬テレビ、FM GUNMA、まえばしCITYエフエム、前橋商工会議所
企画|宮本武典、辻瑞生
制作|磯山進伍、安住陵
空間設計|GROUP、濱田祐史(写真)
講演|石内都、畑中章宏、谷川嘉浩、津野青嵐
グラフィックデザイン|須山悠里、梅木駿祐
ビジュアル撮影|エレナ・トゥタッチコワ
衣装制作|大草桃子、藤田朋浩、細川聖矢、松村紗絵子、山縣早紀
美術制作|小林宗一朗、内山優梨子
照明|丸井通勢
翻訳|ノーマン・チャン
協力|東京藝術大学宮本武典研究室、FashionStudies®、PENSEE GALLERY、ROCCADIA DESIGN AND WORKS、桐生大学短期大学部アート・デザイン学科、亜洲中西屋(ASHU)

(展覧会ホームページ https://www.artsmaebashi.jp/?p=19899 より引用)