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「ここに いても いい」 副音声的な展示解説

FashionStudies®は、アーツ前橋で開催中の「ここに いても いい リトゥンアフターワーズ:山縣良和と綴るファッション表現のかすかな糸口」展に協力をしています。

開催前の2024年3月8日に渋谷PARCO 9FのGAKUにて、リトゥンアフターワーズの山縣良和さんと、この展覧会のキュレーションを手がけたアーツ前橋 チーフキュレーター/東京藝大准教授 宮本武典さんから展覧会構想を聞くトークセッションを開催しました。(この詳細は、こちらのURL https://fashionstudies.org/studies/think-of-fashion-study-005/ をクリックしてください。)

その時の2人のトークを元に、展示作業中に録音したものをプラスして、副音声的な展示解説の文章として再構成したものを公開します。(公開:2024/6/8)

   

インタビュー 山縣良和

インタビュアー 宮本武典

   
――この展覧会は6つの章に分かれていて、第0章「バックヤード」は山縣さんとリトゥンアフターワーズ(以下 リトゥン)のアーカイブになっています。リトゥンとはどのようなファッションレーベルなのでしょうか。

〈装う〉事は、人間が生きていく上で必要な本質的な行為のひとつだと思っていて、高度な伝統技術を用いたオートクチュールのようなハイファッションももちろん素晴らしいですし、反対に他人から見るとガラクタやクズ同然のものをブリコラージュしてまとったような偶然性や衝動性から生まれる装いも愛おしく思える感覚が僕にはあります。

その愛おしい気持ちを軸にしていると、どんなファッションでも基本的にはありに見えてくるんですよね。リトゥンではファッションを源流から見直していくことで既存の業界のルールとかヒエラルキーの価値観だけではないファッション表現の潜在的な可能性を引き出したいと思ってきましたし、これからもそのような活動を行っていきたいと思っています。

例えば昔の人々は植物を身体に巻いて、獲物となる動物を狩に行っていたのですが、それが衣服のルーツの一つでものある紐衣(腰巻き)なのですが、そうやってファッションの歴史をまさに紐解いていくと、現在の衣服の常識を超えて捉えた概念で捉えることが出来て「じゃあこれだってファッションだよね」ってことがまだまだたくさんあるんですよ。そういうダイナミックな歴史を持ちつつも、ファッション表現の生々しくて人間っぽいところがすごく魅力でもあり、ここまでずっと続けてきたという感じです。

   
――本展の構成はまるでストーリーテリングです。第1章「神々、魔女、物の怪」と神話からはじまるのですね。

もともと僕は妄想癖があるというか、神話や歴史とかの物語からイメージを膨らませて創作する傾向があります。だからレーベル名もリトゥンアフターワーズ(「その後に書かれたもの」「あとがき」)なんです。第1章は「神話の世界で神々はどういう装いをしていたのかな?」とか、「現代だったら神々はどういう服装をしているだろうか?」とか、ファッションの源流をさかのぼる妄想の中から出てきた作品たちですね。

どうして神々の物語にグッとくるのか自分でもわからないけど、とにかく頭のなかにイメージがでてくるんですよ。どこかの宗教に属してるわけではないんですけど。感覚的にはっきり決めてるのは「神様ってすごいんだよ」って表現はしないってこと。彼らを崇高で神々しい存在にしたいわけじゃなくて、どこか人間くさくて、ツッコミどころのある身近な存在として表現したい。そういうチャームポイントをどうつくるかは常に意識してますね。

   
――《七服神》は山縣さんの存在を世界に知らしめた作品です。2011年の東日本大震災をきっかけに制作されたと聞きました。

あの日は友達と原宿のビル地下にある古着屋にいたんです。いきなり揺れはじめて、店員さんが「落ち着いてください!!」って叫んで。細かなところまで憶えていますね。だいぶ時間が経ってからですけど、東北沿岸部の被災地にも行きました。

《七服神》の制作時は、いま思い出しても何かに取り憑かれているような感覚になっていて、「この大災害を何とか自分の表現媒体であるファッションで表現しなければ」って焦燥感がありました。そんなとき街を歩いていてたまたま熊手市にぶつかって、屋台の熊手をパッと見て、その造形の意味や祈りの感覚が瞬間的に理解できたっていう体験があったんです。

まず熊手は中央にお多福がいて、そのまわりにいろんなご利益がありそうなものがくっつけてある。日本人はとにかくご利益や厄祓いができそうなものを集めては願掛けをしたくなる。なので、他の神さまやご利益がありそうなものを見つけると「あっちにもお願いしたい」、時間が経つとまだ不安だからと「こっちにもお願いしよう」って集めていくうちに、どんどん膨らんでいった、みたいな。《七服神》もそんな感じでイメージが出来上がっていったんですけど、それって震災直後の僕の心の状態と、自然災害とともに生きてきた日本人の共同体の記憶みたいなものが重なったってことなんじゃないでしょうか。

日本列島っていつどこでどんな災害が起こるかわからないじゃないですか。地震、津波、台風、土砂崩れに山火事とか、災害といってもいろいろ種類があるから、それを鎮めるためのいろんな神々が各地に祀られてますよね。東日本大震災ぐらい複合災害の場合はあちこちに祈願しなきゃいけない。じゃあ、「現代における震災後の日本にファッションの神がいたらどんな装いをしてるだろう?」と妄想したら、熊手みたいにいろんなものをガッチャンコした装いの神さまが出てきたんですね。

   
――魔女や妖怪、焼けた着物などダークなキャラクターも出てきますね。

魔女の歴史って近世キリスト教社会における土着信仰への弾圧とつながってるんですけど、僕が表現したかったのはこれまで語られてきた怖くて悲しい魔女のイメージではなくて、何も手伝わない旦那に怒りながら家事をやってたりするドジでチャーミングで日常的な存在。誰が魔女かわからないし、いつ何時誰でも魔女になりうるという思いを込めて。

焼けた着物の山は《After Wars》のコレクションのひとつです。僕は神さまだけじゃなくて、父親が長崎出身のせいか〈戦争〉に対してもすごく反応してしまうんです。ファッションの源流を探るのなら、服飾史だけじゃなくて社会や戦争の記憶とも向き合うべきという感覚が昔からあります。ショー会場だった東京都庭園美術館はもともと皇族の邸宅でしたが、戦後はサンフランシスコ講和条約締結に関わる政治の舞台になりました。今は普通の美術館に見えるけど、ここでファッションの展覧会をやるなら戦争の歴史にちゃんと向き合いたいと思ってつくった作品です。

   
――続く第2章「集団と流行(はやり)」がフリーマーケットのイメージからはじまるのはどうしてですか。

僕はロンドンに留学していたんですけど、イギリスではフリーマーケットやチャリティーショップが日常生活に組み込まれていて、そこにいろんな人や物が集まって、またどこか別の生活へと流れていくという風景にすごくインスピレーションをもらっていて創作の原点のような感覚があります。

東京では大井競馬場に大きなフリーマーケットがあるんですけど、帰国してそこを見つけるまでは「どこに行ってインスピレーションを貰えばいいんだ?」みたいなフワフワした感覚でした。自分の中で、フリーマーケット的ななんでもありな売買の場を求めていたのでしょう、大井競馬場ってほんとに訳わかんないものがたくさん売られているんで、ホッとしたという感じです。

フリーマーケットって気付かされることがたくさんあるんですよ。そこの土地での人の営みから生まれた物の集積や集合体ってそれこそ流行(=fashion)の発生源でもありますし、終着点でもあります。集団性が生み出すエネルギーに関心があります。意識する・しないに関わらず人や物が結びついたり数珠つなぎになることで集団や流行が生まれ、それが社会や文化を形づくり、時には歴史すら変えてしまう。集団性はリトゥンにとってすごく重要なテーマですね。

   
――フリーマーケットの通路を抜けるとマネキンの行列がやってきます。これは近年の世界各地で起こるテロ事件や移民問題と向き合いながらつくったシリーズだそうですね。

ファッションショーのタイトルである《フローティング・ノマド》は、2019年に上野の恩寵公園の噴水広場で行った『After All』というコレクションのプレゼンテーションなのですが、その4年くらい前にイスラム過激派がパリで起こした新聞社襲撃事件があり、その後もしばらくISIL侵攻のニュースが続いていた頃の作品です。

内戦で住む場所を失ったシリアの人々の民族大移動みたいな状況に心を動かされて、今回の「ここに いても いい」っていうタイトルとは真逆の、「ここに いられない」っていう世界の状況を表現しました。もちろんそれは現在進行形で続いていて、全く同じような状況がガザやウクライナで起こっているんですけど。

   
――第2章の最後は記者会見です。これは「集団と流行」というテーマにどのようにつながるのでしょうか。

例えば何か著名人のスキャンダルが起こると一斉にヒステリックに集団で叩いてしまうとかって、同調性バイアスが強い日本社会だからこそ起こりやすい集団と流行の危険な側面ですよね。新型コロナウイルスの感染爆発だって流行(はやり病)ですし。このマネキンの記者会見は《After Wars》のコレクションに出したものですが、当時たまたまテレビの報道番組で、陸自の日報問題で批判されていた稲田防衛大臣が、大勢の記者を引き連れて国会内を歩く映像を見たことがヒントになりました。「これもファッションのひとつだな」と。

最初に話したんですけど、戦争とか政治とか、一見するとファッションとは関係ないような風景でも僕はファッション・フィルターで見ちゃうクセがあるんです。今また世の中がきな臭くなってるじゃないですか。日本は戦争であんな酷いことになったのに、日本に限らず今世界中の国々でプロパガンダはまだ続いていると思います。だから流行のポジティブな側面だけを見るんじゃなくて、デザイナーは常にネガポジのバランスに注視していく必要があると思ってます。

   
――第3章「孤立のトポス」は東京を離れて、長崎の島々で制作された《Isolated Memories》がベースになっていますね。前章の集団性への反動のように見えます。

父方のルーツが長崎の島原なんですけど、もともとパンデミックが起こる前から島の空気感に惹かれて通いはじめていたんです。さっきの戦争の話ともつながるんですが、日本が脱離島政策など合理性をもとに東京などの大都市部に一極集中していった近代において、離島の小集落っていうのは、ある意味では忘れられた地域だったと思います。

でもそうした島々をファッションデザイナーの視点でフィールドワークしてみると、近代化しなかったからこそ日本の過去から現代に脈々と繋がる深い精神性やものづくりが残されていると感じました。日本の近代化ってほとんど西洋化だったわけで、ファッションもそうだし、むやみやたらと西洋化の波にも飲まれていく過程で、失っちゃいけないものまで消えていったんじゃないでしょうか。

宮本常一の民俗学書『忘れられた日本人』も長崎の対馬から物語がスタートしますが、彼も周防大島出身だし、そもそも日本そのものが島の集合体なんだし。人や物が渦巻いてる大都市だけじゃなくて、流行から疎外されてきた離島や無人島から、自分たちの社会や歴史を見直していくべきタイミングがきたんじゃないかと。

例えば長崎県の小値賀町には 宇々島という島があって、そこは〈自力更生の島〉と言われる島独自の更生システムが何百年も機能していました。集落のなかで一番貧しい家庭は隣の宇々島に移って共同体から孤立するんですけど、そこには税金がなくて海産物でも農産物でも自由にとれて、島のコミュニティの維持に欠かせない奉仕作業も免除されたそうです。自分自身で生活と尊厳を立て直すために、あえて孤立できる場所が用意されていたんですね。

   
――山縣さんの私塾「coconogacco」の場づくりにも通じている考え方ですね。

現代社会における孤立って、オンラインに常に接続してる状態ですよね。社会から孤立して暮らしていても、あるいは孤立しているからこそ、フェイクニュースとか詐欺広告とか、オンライン上の集団性の狂気や悪意に飲み込まれる危険性と誰しも隣り合わせなんだと思います。

孤立・孤独のあり方はネットによって変化したと思います。だから長崎の島で制作した《Isolated Memories(孤立した記憶)》は、単純に都会を離れてオフラインで生きればいいってことじゃなくて、集団性の波に一個人なんか簡単に打ち負かされてしまう時代だからこそ、それに対抗する手段として、人間の心に接続するファッション表現に可能性があると僕は思っていて、それは表現行為を通して自己と対話し、精神の自治・自立を獲得していくということなんですね。

僕はファッション表現を、複雑で曖昧な〈内なる人間像〉を外側に出す行為と定義しているところがあります。かつて自分もそうだったんですけど、過去のネガティブな経験のなかでメンタルが安定しなかったり、自己承認的な部分が傷ついていたりするんですね。それが鬱とか生きづらさの原因になる。ファッション表現は〈内なる人間像〉と対峙するために、客観的に当事者自らを研究対象としながら、それらを表現によって自分自身の外側に出していく行為です。それは何らかの自己イメージと関係している人間像を、クリエーションやデザインによって変化させていく作業であり、自らの変幻自在性を体験することでもあるのです。僕はcoconogacooで何度も受講生たちが恢復していく姿を目撃してきて、ファッション表現の深層には心のメディテーションにつながる作用があると思ってます。

   
――第4章の展示室には誰かが使い古した家財道具がたくさん持ち込まれ、より暗く不穏な気配が漂っています。「変容する日常」とはどのような状態を指しているのでしょうか。

今回のオファーを受けたとき、すでに世界中で不穏な空気が漂っていました。ウクライナやガザでは街が日々現在進行形で破壊されて続けているし、日本でも新年早々に能登半島地震が起きてたくさんの人々が避難生活を送っています。つまり現実の僕らの生活だっていつ崩れてしまうかわからないですし、既に〈非日常のなかの日常〉なんじゃないかってことですね。

そこで一つの試みとして、アーツ前橋のなかに近代に使用された電化製品や、洗濯物を吊るしたり、空き家から食器棚を運び込んだり放置自転車を移設したりして、ホワイトキューブにとって非日常の〈生活感〉を差し込んでみたわけです。リトゥンが考える〈家 / Maison〉を仮設してみたんですね。そこに居るのはナマハゲのようなキャラクターとか装いの生命体としての〈地球〉とか、人間のようで人間じゃない存在たちです。

あと14年前の東日本大震災で、展覧会に使っていた施設に原発事故被災者が逃れてきて1夜にして避難所になったという話をキュレーターの宮本さんから聞いて、それもヒントになりました。災害とかテロとかを前にすると、非日常の場である美術館施設は、いとも簡単に日常の場となり、その日常の中にまた、ナマハゲが出現するような非日常が侵入して交差するイメージです。

   
―― 新作を展示した第5章は展覧会タイトルと同じ「ここに いても いい」ですね。この部屋はこれまでの1~4章とガラリと変わって明るい印象です。

今回のタイトルと新作については正直かなり迷いました。2転、3転、4転くらいしましたね。まず「ここに いても いい」にはいろんな意味を混ぜています。「ここ」は〈此処〉であり〈個々〉でもある。つまり、僕自身も含め、自分の個性や生きる場所を肯定しよう、向き合おうってことなんです。

あと「こ」の字がたくさん連なってる感じに見えますよね。「い」が90°立ち上がったら「こ」のように見えます。去年、子どもの「綴(つづ)」が生まれたんですが、赤ん坊が寝返りをうったり立ち上がったりとか、文字がそういうふうに見えるのはいいなと。

子どもが生まれて、仕事や育児の新しい日常が訪れ、忙しくなった毎日の生活のなかに、ウクライナやガザや能登半島からは悲惨な状況が情報としてどんどん入って来るのですが、依然として忙しい仕事の日々の一方で、小さな命を含む繊細な家庭の中起こる異変や出来事に不安や動揺しながら過ごす日常です。

今までの作品では少なからず、現代の社会問題や歴史に向き合ってつくってきたんですけど、今はちょっとそういう社会問題に以前のようにうまく自分の心が接続できなくなりました。目の前のことでもう一杯一杯な自分がいて、ただただ目の前のやるべきことに向き合いながら日々を過ごしている中で、今の僕には目の前にあるパーソナルな出来事や風景からしかリアルな作品をつくれないという結論に至ったんです。

ここからもう一度どんなファッション表現を立ち上げられるのかを考えたときに、「家族を大事にしたい」って気持ちが素直に出てきました。吊るし雛のイメージは子どもの成長への願い、祝福の意味を込めました。

展示されている映像はiPhoneで子どもを撮影したなんの変哲もない動画です。自分の心が一周まわって〈家族〉という「ここ」に還ってきて、表現したいのは、自分たちの目の前にいる存在の尊さや願いだと思っています。子育てと同じでまだこれからの創作活動は暗中模索中ですし、混沌とした世界の中でも、展示の最後はささやかでもポジティブな表現で終わりたいし、新しい世代と共にこれからもファッション表現の可能性にじっくりと向き合い、新たな物語を綴っていければと思っています。

   
会場写真 画像クレジット:木暮伸也 Shinya Kigure

   

プロフィール

山縣良和(やまがた・よしかず)
writtenafterwardsデザイナー / coconogacco代表
Photo: Takashi Honma
1980年鳥取生まれ。2005年セントラル・セント・マーチンズ美術大学卒業。2007年、ファッションレーベル「writtenafterwards (リトゥンアフターワーズ)」を設立。「装うことの愛おしさを伝える」をコンセプトに、既成概念にとらわれない様々なファッション表現を試みる。2009年にオランダ・アーネム・モード・ビエンナーレにてオープニングファッションショーを開催。2015年には、日本人として初めて LVMH Prizeにノミネート。また、 デザイナーとしての活動のかたわら、ファッション表現の実験と学びの場として「coconogacco(ここのがっこう)」を主宰。多くのデザイナーやアーティストが輩出し、2021年には、第39回毎日ファッション大賞 鯨岡阿美子賞を受賞。近年の主な展覧会出展に、2017年「装飾は流転する」東京都庭園美術館、2019年-20年「アジアのイメージ」東京都庭園美術館、2021年「ファッションインジャパン」国立新美術館、2023年「ミレーと4人の現代作家たち」山梨県立美術館など。
https://www.writtenafterwards.com/

   
宮本武典(みやもと・たけのり)
キュレーター

1974年奈良県生まれ。武蔵野美術大学大学院修了。海外子女教育振興財団の派遣プログラムでバンコク赴任、武蔵野美術大学パリ賞受賞により渡仏、原美術館学芸部を経て2005年に東北芸術工科大学へ。2019年3月まで同大学教授・主任学芸員を務め、東北各地でアートプロジェクトや東日本大震災の復興支援事業を牽引する。2014年に「山形ビエンナーレ」を創設しプログラムディレクションを3期にわたって手がけた(~2018年)。2019年に角川武蔵野ミュージアム(隈研吾氏設計)開館事業にクリエイティブディレクターとして参加。2022年4月より東京藝術大学美術学部准教授。2023年5月からは群馬県前橋市の公立美術館「アーツ前橋」のチーフキュレーターも務めている。
https://takenorimiyamoto.jp/

   

展覧会について

ここに いても いい リトゥンアフターワーズ:山縣良和と綴るファッション表現のかすかな糸口
会期|2024年4月27日[土]− 6月16日[日]
会場|アーツ前橋(〒371-0022 群馬県前橋市千代田町5丁目1−16)

神話などからインスピレーションを得た物語的コレクションで知られる山縣良和のファッションレーベル〈リトゥンアフターワーズ(writtenafterwards)〉。そのノスタルジックな表現は、〈装う〉心の純粋性を追求しながらも、3.11からの再生を祈った《The seven gods》、ファッション業界へのアイロニーを込めた《Graduate Fashion Show》、戦後と日本人の集団性をテーマにした《After Wars》、コロナ禍の都市を離れ無人島で描いた新しい人間像《Isolated Memories》など、資本主義社会や歴史観への問題提起を大胆に織り込み、常にファッションの領域をこえた注目を集めてきました。また、教育者としても知られる山縣はファッションの私塾〈coconogacco(ここのがっこう)〉を主宰し、参加する一人ひとりが生きる場所や社会を見つめ、「ここ」から独自の表現を立ち上げていく学びと実験の場をひらいています。

美術館で初の個展となる本展「ここに いても いい」では、リトゥンアフターワーズのこれまでの歩みを紹介するとともに、山縣が考える日本社会とファッション表現の〈いま/ここ〉を新作インスタレーションで浮かび上がらせます。「日々ニュースから飛び込んでくるウクライナとガザの悲劇、そして能登半島地震と、個人では消化しきれない歴史の大きなうねりの中で、いま自分が表現できるのはとてもパーソナルなこと」と語る山縣。“writtenafterwards”とは、〈あとがき〉や〈追記〉を意味します。ファッションを通して常に自己と社会に向き合ってきた山縣は、混迷が続く私たちの世界にどんなストーリーを書き加えるでしょうか。

主催|アーツ前橋(〒371-0022群馬県前橋市千代田町5-1-16 / 電話027-230-1144)
助成|日本芸術文化振興会
後援|上毛新聞社、群馬テレビ、FM GUNMA、まえばしCITYエフエム、前橋商工会議所
企画|宮本武典、辻瑞生
制作|磯山進伍、安住陵
空間設計|GROUP、濱田祐史(写真)
講演|石内都、畑中章宏、谷川嘉浩、津野青嵐
グラフィックデザイン|須山悠里、梅木駿祐
ビジュアル撮影|エレナ・トゥタッチコワ
衣装制作|大草桃子、藤田朋浩、細川聖矢、松村紗絵子、山縣早紀
美術制作|小林宗一朗、内山優梨子
照明|丸井通勢
翻訳|ノーマン・チャン
協力|東京藝術大学宮本武典研究室、FashionStudies®、PENSEE GALLERY、ROCCADIA DESIGN AND WORKS、桐生大学短期大学部アート・デザイン学科、亜洲中西屋(ASHU)

(展覧会ホームページ https://www.artsmaebashi.jp/?p=19899 より引用)