Think of Fashion in Kanazawa: トーク03

音楽の側面からみたアンリアレイジ ―モノ作りに対するアプローチの共通性

杉原一平(音楽家)

   

1. ランウェイ音楽を作曲する

 どうもこんにちは。アンリアレイジの音楽を12年ほど担当してきました杉原一平と申します。今日は、アンリアレイジの音楽についてお話したいと思います。まず最初に、ランウェイの音楽について。ランウェイ音楽を作曲する際にどういうことに気を付けているのか、また、どういう段取りで作っているのかということをご紹介したいと思います。その次に、僕の音楽作りとデザイナー森永邦彦さんの洋服作りの間に感じる共通性みたいなところを少しお話できればいいなと思います。

 まず、どのように創作が始まっていくのかということですが、ショーの翌日、昼食をとりながら「昨日のショーはこうだったね」という話を少しして、その後はもう次のショーの話をしています。おそらく、彼の頭の中では既に次のクリエーションに向けての思考回路が出来上がっているのかなと。そして、驚くことにこのときに聞いた内容がほぼ忠実に次のショーでかたちになってくるんです。ということは、彼のなかでだいぶ早い段階で決めたテーマについてブレのない半年間を過ごしているんだなということを感じます。

 そうは言っても、次のショーに向けて動き出すのは2、3ヶ月前からです。ぼんやりとしたかたちで森永さんからメールで投げかけがあるんですね。昔は電話でお互いの関心事を細かく喋って意思確認していたのですが、最近は単刀直入のメールが届いて、それに対して僕もメールで簡潔にお返事するというかたちになってきています。電話なんかで直接会話をしますと、その会話の雰囲気とか声のトーンとかで、会話ってやはり情報量がすごく多いですから、いろんなことが伝わりすぎてしまう。長年ずっとやってきていますので、ある程度ツーカーになってきている部分があると。ということで、メールで、文字だけでポンと伝えてくると。それだけで伝わるかどうかということを彼のなかでテストしているのだそうです。

 メールを頂いてそれに対して僕なりに感じたことを、まずは言葉で返すようにしています。例えば、今回「SIZE」(2014SS)というテーマのショーを2週間程前(2013年10月16日)に発表したばかりですが、音楽における「サイズ」とはどういうものかを言葉で説明すると。
 具体例を挙げると、バイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスといういわゆる弦楽器がありますが、発音のメカニズムとしては全部一緒なんですよね。ただ、楽器のサイズが違う。で、サイズが違うとどうなるかというと、大きければ大きいほど低い音が出て、それからどうしても動きが遅くなるんですね。他方、楽器が小さければ小さいほど高い音が出て、動きが速くなると。従って、メロディをとる楽器というのは得てして小さい楽器が多いわけです。そこで、例えばそれを逆転させてみたらどんな音楽が出来るだろうかといったことをメールでやりとりしながら進めていきます。今話したことは、結局かたちにはしなかったのですが、僕と彼との間で引っかかりのよかったものを今度は実際に音にしていきます。

 具体的にかたちが見えてくるのは2週間前ぐらいですね。洋服づくりはもの凄く時間がかかるので、仕上がってきたものを実際に見れるのは本当にショーの直前です。おそらくどのブランドもそうかもしれませんが。次に、そのやりとりの過程というのをご紹介したいと思います。

   

2. 音づくりのプロセス

 (2013年の)10月16日に「SIZE」というテーマのショーを発表しました。その時の作曲の過程についてお話します。ショーの2ヶ月前から2週間前の間に何をやっているのかというと、テーマに基づいて音楽を作っては送ってというのをどんどんやっていきます。
 僕が音楽を担当するようになった当初というのは、インターネットでデータを送ることが本当に難しい時代でして、その都度CD-Rを焼いて郵送して…。すると、森永さんから返信があるわけですが、彼からのディレクションは細かくて、例えばメロディの高い音をもう少し柔らかい音にしてほしいというような指示が来るわけです。そのやりとりのために3、4日ですか、郵送の往復で掛かるわけですね。ほんと大変だったのですが、ここ最近は音楽データのやりとりをポンポンできるわけで、だいぶ楽になりました。

 この前数えて見たのですが、一回のショーで僕が送る音楽データというのが90ファイルぐらいです。2ヶ月の間に「90」というのは相当な数のやりとりをしていることになります。
 という感じで、僕は音楽を作りますし、アンリアレイジではどんどん洋服が上がってきますし、それから加茂克也さんから今季のヘアメイクの提案があり、それからインビテーションやグラフィックを初期から担当しているメンバーがいるんですが、彼の作ったインビテーション案が出てきたりします。徐々にショー全体の雰囲気が見えてくるのがこの2ヶ月ですね。
 2週間前にはモデル・フィッティングが行なわれます。スタイリストの山口壮大さんと森永さん、加茂さん、それからディレクターの金子繁孝さんが立ち会ってモデル・フィッティングをしていくと。その際にそれまで僕が作り続けてきた音楽を会場で流して頂き、雰囲気的にOKかどうかということをジャッジしてもらいます。

 基本的に、ショーの音楽はルック表を参考にしながら考えていきます。ルック表というのはモデルがこういう洋服を着て、どういう順番でランウェイに出るのかをまとめた表のことです。当日は、ルック表をバックヤードに貼って、フィッターやスタイリストと喧々諤々とショーを作っていくわけです。
 ルック表を見ていくとショーの流れがはっきり見えてくる。すると、音楽のきっかけというものも見えてきます。例えば、1番から6番までで一曲。9番から16番まで一曲。17番から19番までで一曲。20番から22番までで一曲。23番からラストルック27番までで一曲。そしてフィナーレを作る。というような感じに自然と音楽のきっかけが明確に見えてきます。それに従って音楽を作っていくわけですが、ではどんな音楽を作っているのか。

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・左:シンポジウム当日の風景(@金沢21世紀美術館シアター21)
・右2枚:「SIZE」(2014SS)、冒頭に登場した2体  ©2015 ANREALAGE
 

   

3. 「サイズ」を音で表現する

 まずショー冒頭の曲ですが、大小の比較というのがテーマです。これは、フルオーケストラとトイピアノとで、まったく同じフレーズを演奏したらどうなるかということを比較したものです。では、まずフルオーケストラのフレーズを聞いてください。(♫M1-1)。

♫M1-1

   
 次に、トイピアノのフレーズを聞いてください(♫M1-2)。

♫M1-2

   
 全く同じフレーズを演奏しているのですが、これらが交互に流れていくんですね(♫M1 *リンク先参照)。フルオーケストラとトイピアノとの音が交互に会場で流れますと、そこにすごいギャップが出ると。で、先ほど菊田さんがおっしゃったように(*トーク02参照)、「比較」を見せるというような狙いでやっております。

 今度はショーのクライマックスで流れる音を聞いてもらいたいと思います(♫M2)。

♫M2

   
 先ほどの冒頭のシーンで使用した音では、Fマイナーというコードをずっと押していました。一つのコード、一つのハーモニーですね。最初から最後まで押し切るというような音楽でした。ところがいま聞いてもらったフレーズでは少しハーモニーに流れが生まれているんですね、展開が生まれていると。ショーの冒頭とクライマックスとでテンションの違いを表現しています。

 先ほどの比較の話ですけれども、同じような比較をクライマックスではもう少したくさん盛り込んでいます。例えば、「エレキギターとウクレレ」という曲を聞いてください。まずエレキギターのバージョン(♫M2-1)。次にウクレレで、まったく同じフレーズを弾いたものです(♫M2-2)。

♫M2-1
♫M2-2
   

 えーと、作曲する際には、夜な夜なひとりでウクレレを弾いているわけですけれども(笑)、そのギャップをわかって頂けたでしょうか。それから、生ドラムのブレイクビートですね、全く同じフレーズのこのビートを聞いてください(♫M2-3)。同じフレーズを今度はチープなドラムマシーンで演奏してみます(♫M2-4)。

♫M2-3
♫M2-4
   

 このように、様々な楽器のサイズ感の違いを一つの音楽に盛り込んでいくのですが、ショーの冒頭では交互に流れていたトイピアノとフルオーケストラの音楽がクライマックスで融合していきます(♫M2)。

♫M2
   

 上で鳴っている音はトイピアノですね。そこに、エレキギターが入ります。またトイピアノの音ですね。今度はトイピアノとフルオーケストラが同時に鳴ります。といったかたちで、比較物として用意した素材を使って一つのハーモニーを構成するというような作りでフィナーレを迎えます。

 ランウェイの音楽を作る際にいつも気にかけていることがありまして、それが何かと言いますと、ミニマルな音楽、できるだけミニマル性を持とうということなんです。ミニマルというのはあまりドラマチックな展開をしない、あまりたくさん展開を持たないということです。
 なぜかと言いますと、例えば、一つのシーンの間に音楽においてドラマチックな展開の場面があったりすごく盛り上がるところがあったり、それからガクッと盛り下がってしまったりというところがあったりすると、同じようなルックを並べているのに、そのなかに変な意味付けが出来てしまうと。やたら盛り上がるような瞬間があったりすると、見ている人はそこに何か特別な意味があるのではないかと思ってしまうので、極力シンプルなそしてテーマに基づいた音楽を作るように心がけています。

 例えば、9体目から16体目までのシーンで流した音楽を聞いてみます(♫M3)。これは、透明感のようなものをイメージして、グランドピアノでアンサンブルを作っている楽曲ですが、実を言いますとこの曲はですね最初から最後までずっと同じような音を弾いているだけなんです。最初から最後までずっと流れているのがこういうフレーズです(♫M3-1)。このフレーズにちょっとしたフレーズが乗っかってくると。全く同じフレーズに少し違うフレーズが乗っかってくることで、ほんの少し展開が生まれているのですが、しかし全体として同一のイメージが流れているのかなと思います。こういう形でミニマル性に留意しながら音楽を作っているということです。

♫M3
♫M3-1
   
   

4. テーマの制約が生み出す発想

 最後に、僕の音楽作りと森永さんの洋服作りにおける共通性という話ですが、ここ最近のアンリアレイジのテーマというのはもの凄く特徴的です。昔は「祈り」(2007SS)ですとか「遥か晴る」(2007-08AW)、これは僕が昔作った曲のタイトルでもあるのですが、「夢中」(2008-09AW)とか「バター」(2006SS)とか、捉え方がいくらでもあるような、少しファンタジックな匂いのするテーマが多かったんですが、ここ最近は「COLOR」(2013-14AW)、「SIZE」(2014SS)といったように他に解釈しようのないテーマが設定されています。

 例えば、ここにピアノがありますが、ではみんなでこのピアノの絵を描いてみようとなった時に、あるブランドだったら「白鍵と黒鍵の間に潜む天使と悪魔」のようなことを描くとか、ファンタジックなことを作品のなかに盛り込んでいくかもしれません。ところが森永さんはですね、実際に目に見えたピアノしか書かないと思います。ただし、例えば下から見上げたピアノとか、そういったことを描くんじゃないかなと思います。という気がしますね、これまで付き合ってきたなかで、そういうことを感じます。超至近距離で見たピアノの絵とか、遠距離で見たピアノの絵とかを描いて、これがアンリアレイジの作品ですと言って出すような、そういうクリエーションの作品が多い気がします。
 つまり、ここ最近のアンリアレイジのテーマというのが下から見上げるとか、超至近距離で見るとか、超遠距離から見るとか、そういったことがテーマとなっている。で、僕とのやりとりのなかでも、「超至近距離で見ているような音楽を作って」とか言うわけですね。あるいは、「下から見上げるような音楽を作って」と言われるわけです。昔は「祈っているような音楽ってどんなものよ、一緒に考えていこうか」というようなやりとりだったのが、最近は違いますね。指示がものすごく具体的です。

 テーマが課す制約がもの凄く強い。先ほどずっと流れていた映像(*シンポジウム開演前に流していた過去のコレクション映像)は、けっこうピアノを弾いていたでしょ。生演奏でショーをやっていたんですが、ここ最近のショーはテーマの制約が強過ぎて、生演奏をするような音楽が出来にくくなっています。僕は大学でピアノや作曲を学んできましたので、和声法や対位法といったいわゆる作曲に対する理論とか知識、技術というものを学んできたという自負があるのですが、それでは通用しないようなテーマが最近多いです。

 自然に出てくる音、必然性を持って出てくる音っていうのがあるんですね。しかしここ数シーズンは、自由に音楽作っていいよって言われたら、おそらく僕がセレクトすることのなかった音というのが、自分のなかで必然性を持って出てきています。
 例えば、「COLOR」(2013-14AW)で使ったホワイトノイズがそうです。テレビのジャミングの時の音ですね。なかなかこんな音、僕のなかでは自然に出てこないですね。それからSPビートというレコードの針の音を使って編集して組んだ音やサイン派(正弦波)で「ド」の音をずっと流しているものとかです。サイン派というのは聴覚検査とかで使われる電気信号ですが、テレビのカラーバーのときにピーという音が流れますよね、そのカラーバーの時の音です。あまり長いこと聴くと気分が悪くなる音ですが、こういった音が自分の音楽作りのなかで、テーマという大義名分の下、自然に出てくるとは思いませんでした。

 同じことがアンリアレイジ森永さんのクリエーションにも言えるのではないかと。テーマの持つ制約が、森永さんも意図しなかったような造形を生むことがあるのではないかと。どう見てもいびつに見えるボタンであったり、襟が途中から無くなっていたり、あるいはペンをポケットに刺したような痕跡が残ってしまっているような洋服だったり、いろんな洋服がありますが、いびつな造形というか、そういったことが、僕がいびつな音が出てくることと、通じていると思うのです。

   

杉原 一平(すぎはら・いっぺい):
音楽家。
1977年生。2002年秋冬シーズンよりANREALAGEの音楽を担当。また、ショーにおけるピアノの生演奏も担当している。2011年10月、10年にも及ぶANREALAGEとのコラボレーションの集大成として、これまでのショーの音楽をピアノソロで収録したCD『ANREALAGE SOUND ‐遥か晴る‐』を発表する。
http://www.anrealage.com/sound/