interview

ファッションを法的に保護するということ

角田政芳・関真也

「ファッションロー(Fashion Law)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。ファッションデザインやプロダクト、流通に関わる一連の法律や法領域のことであるが、ファッションの市場規模や歴史的蓄積にも関わらず、法的なものに対する意識はまだまだ稀薄であり、未整備な状態なのが現状である。そうした状況を改善すべく、国内でFashion Law Institute Japan(FLIJ)が設立されたのが2015年のことである(*その経緯についてはこちらの記事を参照)。そして2017年には、ファッションローの本格的な解説書である『ファッションロー』(勁草書房)が出版された。
ファッションを法的に保護するとはどういうことなのか。その手段と課題について、『ファッションロー』の著者である角田政芳さん(東海大学教授)と関真也さん(TMI総合法律事務所弁護士)に解説していただいた。
(公開:2018/5/14)

   

ファッションはあらゆる知的財産権が複合的に問題になる分野

――なぜ、ファッションロー研究を始められたのでしょうか。
角田政芳(以下、角田):ファッション実務において、知的財産法の問題は、避けて通れないと言えます。しかしながら、ファッションという切り口で知的財産法を体系的に解説した本は、今まで出版されていませんでした。私は、東海大学のロースクールの教員として知的財産法の講義を行う際に、ファッションビジネスを題材にしていたこともあり、研究者としても教育者としても体系的な整理をしておく必要があるなと思っていました。

――ロースクールは、法曹志望者の育成を行うための講義が中心だと思うのですが、東海大学ではファッションローをテーマにどのような講義をされているのですか。
角田:ファッションの分野においては、権利化するまでの時間とコストの問題などがあり、権利を取得せずに保護をあきらめてしまう場合が多いです。ただし、特許庁で審査を受けて権利化する、いわゆる「産業財産権」と言われる特許権や実用新案権、意匠権、商標権は、審査料やそれに伴う弁理士費用がかかりますが、著作権法や不正競争防止法による保護を受けるためには、そのような審査手続きを経る必要がありません。
つまり、コストの問題で特許庁に出願できなくても、例えば著作権法で何が保護されるかを理解していれば、ヒット作を出した時に、産業財産権を取得していなかったからといってすぐにあきらめるのではなく、模倣品などを著作権で市場から排除できる場合があるのです。例えば、弁護士は、そういうシチュエーションに置かれたときに、前向きかつ的確なアドバイスをしなければなりません。
つまり、知的財産法の専門家は状況に応じて知的財産権全般の知識に基づく臨機応変な対応が求められるのです。そのような能力を持った専門家を育成するためには、知的財産権による保護において課題の多いファッションをその題材にすることはとても理に適っていると考えました。ファッションは、あらゆる知的財産権が複合的に問題になる分野であり、面白い判決がたくさんあります。

――面白い判決とはどのようなものでしょうか。具体例を一つ挙げていただけますか。
角田:ロースクールで、ファッションプロダクトの著作権による保護について講義を行っていたときに、びっくりするような判決が裁判所によって示されました。「Forever21事件」という事件です。平成25年7月19日に東京地裁が判決を出し、その控訴審で平成26年8月28日に知的財産高等裁判所が判決を出したこの事件では、ファストファッションブランドとして世界的に知られているForever21のファッションショーあるいはそれに付随するモデルさんのメイクやヘアスタイルやポーズ、衣装のコーディネートなども含め、これらが著作権で保護されるのかということが争点になりました。
私は、この事件が報道される前から、講義の中で、モデルさんのメイク、ヘアスタイル、衣装、アクセサリー、メガネ、靴、ポーズなどの著作物性について解説していましたので、その内容と殆ど同じ順番で裁判所が検討を加えていたことに、びっくりしましたね。この事件は、論文やメディアで様々な方が取り上げていますが、まだまだ議論の余地があると感じています。もちろん、今回の書籍『ファッションロー』でも解説を載せています。

   

ファッションローの体系化を目指して

――ようやく本題に入りますが、書籍『ファッションロー』を執筆されたのはなぜですか。
角田:先ほどお話ししました「Forever21事件」は、ファッションローにおいて重要な要素を多く含んでいて、議論のための多くの材料を提供してくれました。この事件では、裁判所として初めて、ファッションモデルのメイクアップやヘアスタイルの著作物性について判断しています。判決の後、多くの知財法の研究者が同事件について検討を加えた論文を公表しています。多くの意見が公表され、議論も活発化してきたので、今まさに日本でもファッションローの体系化を目指すべきだと考えました。本書では、ファッションローにおけるほぼすべての知的財産の問題を体系的に解説することができました。

――書籍『ファッションロー』の構成について簡単に教えてください。
角田:本書の構成は、まず第1章の「総説」にはじまり、2章は「ファッションショーの法的保護」、第3章は「ファッションデザインの法的保護」、第4章は「ファッションブランドの法的保護」、第5章は「ファッションモデルの法的保護」、第6章は「コスプレの法的保護」とし、最後に第7章と第8章では諸外国、特にドイツと米国におけるファッションローをそれぞれテーマとしています。

――今回は、角田教授と関真也弁護士の共著ですが、お二人の役割分担を教えてください。
角田:第1章から第7章までは、私が担当しました。第8章の米国におけるファッションローについては、関先生にご担当いただきました。最初は自分で書くつもりだったのですが、米国の実情を取材するために渡米した時に、米国の南カリフォルニア大学ロースクール(LL.M.)でファッションローの研究をされていた関弁護士を訪ねました。そこで色々と教えていただいたのですが、非常に良い研究をされているなと感心しました。そこで、米国法は、私ではなく関先生に執筆者として加わっていただいたほうが良いものが作れると思い、声を掛けました。

関真也(以下、関):大変光栄な機会をいただきました。もともと、ファッション業界やエンタテインメント業界における知的財産問題を扱うことに多く恵まれていたのですが、ファッションローという日本では比較的新しい切り口から、米国の知的財産法全般を勉強する素晴らしいきっかけになりました。角田先生には、共著者に加えていただいたばかりか、帰国後、米国での研究成果を公表する機会をいくつもいただきました。大変感謝しています。

――書籍『ファッションロー』の対象となる読者層はどのような方々でしょうか。
角田:ファッション業界の方には、部門を問わず読んでいただきたいと考えています。また、分かりやすい記述を心がけましたので、ファッション業界を目指す学生の皆さんにも読んでいただければと考えています。もちろん、法律関係者にも読み応えのある内容だと思います。

――読者の皆さんは、どのように読み進めていけばよろしいでしょうか。
角田:興味を持ったところから読み進めていただければと思っています。ファッションを知的財産法の切り口で体系化していますので、すでにある程度法的な知識のある方は、最初から順番に読み進めていただければと思います。それ以外の方は、ファッションモデルやコスプレについて扱っている部分がありますので、そういった事例から読み進めていただき、興味や疑問を持ったところで、知的財産法全体を整理しながら読み進めていくという方法でも構いません。

   

ファッションデザインを保護することの難しさ

――根本的なことをお伺いしますが、そもそもファッションローとは何なのでしょうか。
関:ファッションローとは、おおまかに言えば、ファッション産業に関わる法領域の総称といったところでしょうか。法律実務の世界では、例えばエンタテインメント法、IT法といったように、ある業界におけるビジネスに関連する法令を業界単位で捉えたときの法分野を、「業界+法」といった形で呼びならわすことがあります。ファッションローもその一つです。

――ファッションローの対象となるものは具体的にどのようなものがあるのでしょうか。
関:ファッションローは、ファッションデザイナーが衣服、履物、アクセサリー、バッグ、帽子、メガネ、財布などのファッションプロダクトをデザインし、製造し、消費者の手に届けられるまでといった、ファッションプロダクトのライフサイクルの中で生じるあらゆる法律問題を扱うとされています。これには、例えば、知的財産法だけでなく、契約法、消費者保護法、会社法、商法、不動産法、労働法、広告法、国際取引法、関税法等の幅広い法領域が含まれます。ファッションローというからには、他の業界にはないファッション業界特有の特徴あるいは問題点を浮き彫りにした上で、検討の対象としなければなりませんね。

――ファッション業界特有の特徴あるいは問題点とはどのようなものがあるのでしょうか。
関:ファッションローの主な特徴は、例えば、その考察の対象となるファッションプロダクトが、①ライフサイクルが短く、かつ、②本来的に実用的な物品であるという点が挙げられるでしょう。「ファッション」という言葉が本来「流行」を意味することに象徴されるように、ファッションプロダクトがいくつものシーズンにわたって製造・販売され続けることは多くないと言われています。あるシーズンに人気を博した商品でも、次のシーズンには全く別の流行が生まれ、需要がなくなっているということもよくあることなのです。こうなると、各種知的財産法の特徴を活かしてうまく使い分ける必要が出てきます。

――冒頭で角田先生が指摘されていたコストの問題ですね。
関:そうです。商品の企画・生産・流通の在り方が極めて多様化した今日のファッション産業では、市場の動向に合わせ、期中生産も随時織り交ぜながら、数週間などの短いスパンで売り切れる商品を企画・販売し、市場が変化すればすぐに次の商品展開に移るという戦略が広く採用されています。ファッションデザインを保護することができる知的財産権として意匠権や商標権の制度がありますが、これらの権利を取得するためには特許庁に出願して審査を受け、登録されなければなりません。ところが、この出願から登録までに数か月という時間を要するため、ようやく登録に至った時には、そのデザインは市場ではいわば流行遅れとなってしまい、せっかく取得した権利も用を成さないばかりか、手続にかかった費用がムダになり、かえって損をするということにさえ起こりかねないのです。

――損をしてしまうのならば、権利を取得する意味がない。でも、権利を取得しないと保護をされないというのであれば、堂々巡りのような気もしますが。
関:そうですね。でもそれでは困るので、こういった時には、周辺法による保護を検討します。例えば、不正競争防止法という法律で定められている商品形態模倣禁止の制度(不正競争防止法2条1項3号)によれば、商品の発売から3年間に限り、特許庁への出願・登録などの手続を要することなく、その商品のデザインと実質的に同一のデザインの商品(いわゆるデッドコピー)を製造、販売等する行為を禁止することができ、前述のような権利化に要する時間の問題はクリアできます。

――それでは、不正競争防止法は万能ということなのでしょうか。
関:残念ながら万能であるというわけではなく、この制度にも欠点があります。例えば、商品の一部分だけでなく、全体のデザインが実質的に同一であることが求められる傾向にあるため、保護の範囲が狭くなりがちです。また、不十分とみるかは立場によるでしょうが、保護期間も発売から3年と短期間です。

――なるほど、不正競争防止法による保護も万能というわけではないのですね。その他の方策はないのでしょうか。
関:はい。こうした状況から、近年では、意匠権や商標権と違い、出願・登録の手続を要せず、保護期間も長い著作権によって、ファッションデザインの保護ができないかが検討されています。

   

ファッション業界に最適な法制度の構築を

――著作権法による保護ですか。確かに、ファッションデザインは、アートの性質を持っているものもあるので、著作権法とは親和性があるように思われますね。
関:まさしくそのとおりです。ですが、これにも課題があります。ファッションプロダクトは本来的に実用的な物品であるため、そのデザインの保護は、産業の発達を目的とした特許法、意匠法などの他の知的財産法に委ねるべきではないかと強く主張されています。これは、著作権法の分野では、いわゆる応用美術の保護の是非という形で論じられている問題です。応用美術の保護は、現行著作権法が施行されて以来、数十年間にわたり議論され続け、裁判所の考え方も大きく変わるなど、未だ統一的な解決策が示されておらず、不安定な状況にあります。

――知的財産法だけでも複数の法律が複雑に絡みあっていますね。これらを解きほぐして状況に応じて法的な対応ができるように検討するのがファッションロー研究の意義の一つかもしれませんね。実際には、どのような手順で研究が進められているのでしょうか。
関:私の考えるファッションロー研究ということになりますが、まず、前述したファッション業界の特徴に照らして問題点を明確に認識する必要があります。例えば、出願・登録を通じた権利化に時間を要するために流行を逃してしまうのが現行法の問題点だとすれば、そうした手続を必要としない著作権などの知的財産権の保護を強化する方向で現行法を解釈してみようとか、あるいは、出願・登録に要する時間を大幅に省略しつつ、産業の発達に特化した特別な法制度の導入を検討してみようといった解決策が導かれます。例えば、外国では、審査手続を大幅に省略して意匠登録を認める制度を持つ国もあるそうです。これを日本にも導入すれば、現行法の解釈やそれに基づく各業界の取引実務とバランス感覚を大きく変えることなく、ファッション業界に最適な法制度を構築できるかもしれません。

――なるほど、海外の制度も参考になりますね。
関:他にも、商品形態模倣禁止制度の欠点が商品全体のデザインを対比する傾向があることによる保護範囲の狭さにあるのだとすれば、では著作権による保護においては、商品デザインのうち一部について創作性がある場合に、その部分のみ類似すれば著作権侵害を成立させることができると解釈できないか考えてみようという発想が出て来ます。あるいは、審査手続を省略できる意匠制度を新たに構築して、その中で、現行法にも存在する部分意匠制度を使えるようにしようといったことも考えられるかもしれません。このようにして、現行法をどのように解釈し、あるいはどのような法制度を新たに導入するのが、ファッション産業の発達やファッションを通じた文化の発展に貢献できるのかを研究していくことに、ファッションローの重大な意義があると思うのです。

――大きい視点でファッションローの意義をとらえると面白いですね。ファッションローを研究するに当たって大事にしていることは何ですか。
関:単に法律家のための研究ではまったく意味がなく、ビジネスに役立つファッションロー研究でありたいと思います。そのために、ファッションビジネスの最前線にいる方々の考えをよく聞いていきたいと思っています。ファッション企業が法律に何を求めているのかをきちんと理解して、その時々の法律の中でそれを実現できる理論構築を目指したいです。私も微力ながらファッションローに関する研究や情報発信を続けていますが、それがいつかファッション業界の方々の声と融合して、業界全体の発展に役立てるところまでいけたらうれしいです。楽しく、全力でやりたいと思います。

   

コスプレイヤー、ファッションモデルが身につけるべき法的知識

――特徴的なテーマがいくつかあるので、お伺いしたいのですが、コスプレやファッションモデルは、どのような意図でテーマとして挙げているのでしょうか。まず、コスプレについてお願いします。
角田:コスプレについては、株式会社ONIGIRI+取締役社長でコスプレイヤーの雅南ユイさんとの出会いがきっかけです。彼女は、コスプレの著作権処理を重要視して世界にコスプレ文化を発信している方です。彼女からコスプレの事情について多くのことを学びました。ファッションローの体系書は各国で出版されていますが、コスプレを扱っているのは私の本だけだと思います。

――コスプレはファンのサブカルチャーとして発展してきており、著作権については権利者が権利行使を控えていることについて成り立っているように思えます。知的財産法は、コスプレイヤーの敵というイメージがありますが。
角田:確かにコスプレは、法的に見ると著作物であるアニメ、漫画、ゲームソフト、映画などの登場人物(キャラクター)を複製または翻案して、コスプレイヤーがメイクアップやデザインをし、衣装を身に着けて二次的利用をする行為です。従って、コスプレイヤーは権利制限がかかる場合を除き、著作権者からの許諾が必要となります。権利者に無許諾でコスプレをする場合、権利侵害に問われる場合もあると思います。だからといって、知的財産法がコスプレイヤーの敵かといえばそうとは言えません。例えば、コスプレは原著作物の二次的著作物となり得ますので、二次的著作物の著作権者としての著作権法上の地位が生じます。仮に原、作品の著作権が消滅していたり著作物性がない場合には、そのコスプレに創作性が認められれば、コスプレイヤーが独立した著作者として保護されることになるのです。この場合は、敵ではなく味方ということになるかもしれませんね。

――なるほど。コスプレについては知的財産法の十分な理解が必要になりますね。
角田:そのとおりです。理解をしていれば怖いものはありませんし、先ほど紹介をした雅南ユイさんのように、著作権処理などについてしっかりと行っている方は、権利者からの理解も得られるため、より活躍の幅が広がると思います。本書では、コスプレの法的保護、コスプレイヤーの法的保護、コスプレ・ショーの法的保護、コスプレ・ディレクターの保護、コスプレ・コンテンツの保護、コスプレの契約による保護について解説しており、コスプレに関わる皆さんはもちろん、コスプレのファンの皆様にもぜひ読んでいただきたいと思います。

――ファッションモデルについては、どのような法的保護になるのでしょうか
角田:ファッションモデル自身の法的保護については、肖像権、パブリシティ権による保護が考えられます。あるいは、契約上の保護が考えられます。

――ファッションモデルというと所属事務所が法的な部分についてサポートしているイメージがあります。
角田:ファッションモデルといってもさまざまで、パリコレに出ているような世界的に評価を受けているファッションモデルは、ごく一握りしかいないのです。このような人たちは、大手のモデル事務所に所属し、マネジメント契約をしており、法的な問題については事務所がカバーしていることが多いと思います。しかしながら、大多数のファッションモデルは、個人で活動している場合や、小さな事務所に所属している場合がほとんどであり、法的な知識が十分でないことから、その法的リスクを背負ってしまっている場合があると思います。

――なるほど、モデルが、自分自身で法的な対応をするというのは、大変ですね。
角田:そうなのです。本書では、ファッションモデルの皆さんが持っているべき最低限の知識を解説しているので、ぜひ読んでいただきたいと思っています。まず、ファッションモデルがどのような権利を持っているかについて解説し、さらに具体的な契約書の例を挙げながら、ファッションモデルと出演契約、専属契約を解説しました。また、最近問題となっているファッションモデルの引き抜き問題についても解説しました。最近、芸能事務所とタレントの契約関係について、「奴隷契約」というような言葉まで飛び出して報道されていますが、その問題とも通じていると思います。

   

諸外国におけるファッションロー研究の現状

――最後に、諸外国のファッションロー研究の現状について教えてください。まず、ドイツが挙げられています。
角田:はい。ドイツは、私の第二の故郷ですので、必ず紹介したいと思っていました。ドイツにおけるファッションローは、米国よりもずっと早い時期から生成発展してきています。おそらく、ファッションと法に関する単独の研究論文としては、Friedrich-Karl Beier教授が1955年に発表した「ファッションデザインのドイツとフランスにおける保護」が最初になると思います。ドイツでも、ファッションデザインの保護については、著作権法、意匠法、商標法、不正競争防止法、さらには特許法による保護が議論されています。

――次に、米国においてファッションローはどのような研究が行われているのでしょうか。
角田:米国では、2010年にFordham Law schoolの教授であるSusan Scafidiが、米国デザイナー協会等の協力を得て、同大学のロースクール内に世界で初めてファッションローの学術センターといわれるFashion Law Instituteを設立して修士の学位を付与するプログラムを展開しています。なお、わが国でも、2015年にFashion Law Institute Japanという団体が設立されています。

関:Fashion Law Instituteが設立されたことは、ファッションロー研究の本格的な幕開けを意味していると思います。現在、米国では、多くのロースクールやデザイン専門学校などでファッションローのコースが設けられています。日本にもそういう環境ができるとよいですね。弁護士として法律の側面から、世界を舞台に知的財産権をうまく使ってビジネスができるファッションビジネスパーソンを育成するお手伝いがしたいです。

角田:東海大学では、法学研究科のなかにファッションローコースを創設することがほぼ決まっています。ファッションローを体系的に学ぶことができる環境の整備を進めたいと思います。

関:Fashion Studiesのような学びの場を提供しているプラットフォームにおいても、ファッションロー講座が開催されますしね。

――ありがとうございます。なるほど、日本においても学びの場を増やしていくというのは、素晴らしい構想だと思います。また、米国の事情は今後の参考になりそうですね。ところで、米国法におけるファッションの保護については、どのような特徴があるのでしょうか。
関:米国でデザイン保護の主要な役割を果たす知的財産権は、意匠特許権、商標権、そして著作権です。ところが、意匠特許権については日本の意匠権と同じように出願・登録の手続に数か月を要します。また、商標権については、日本の商標法と違って商標登録が必須ではないという特色がありますが、商品のデザインについては、一般的に、それが商品の製造元や販売元などを表示する機能を果たすようになるまでの使用実績が必要とされており、それに相当の時間がかかります。このため、流行の移り変わりが早いファッション産業では、意匠特許権や商標権が有効な保護手段にならない場合があります。
さらに、これも日本の法制度と異なる重要なポイントですが、米国には、日本の商品形態模倣規制(不正競争防止法2条1項3号)のような、出願・登録等の手続を要せず、また、高度のクリエイティビティも要求せずに、商品デザインのデッドコピーを禁止する法制度がありません。過去、何度もそのような法制度を導入しようという動きがあり、法案が議会に持ち込まれたのですが、立法に至ったことはありません。この背景として、デザインに対する独占を広く認めるよりは、一定程度の模倣を許容した方が、ファッション産業の発達のためには有益だという考え方が強く主張されることがあります(このような考え方は、「Piracy Paradox」と呼ばれることがあります)。

――それでは、日本でも検討が進められている著作権による保護ついてはどうですか。
関:従来は、実用品であるファッションプロダクトのデザインに対して著作権の保護が認められにくい傾向にありました。このため、米国の法制度は、ファッションデザインに対して十分な保護を与えていないと評価されることがありました。しかし、2017年3月22日のStar Athletica事件合衆国最高裁判決により、著作権によるファッションデザインの保護の可能性が大きく開かれました。今後は、この最高裁判決をもとに、ファッションデザインに対する著作権の保護がどこまで認められるのかをより深く議論していく段階になっていくと思います。そこで改めて、ファッション産業の発達のためには保護を広く強くすべきなのか、それとも、広く模倣を許容した方がよいのかが問われていくと思います。

――今後も、米国法の研究の重要性は高まりそうですね。
関:米国での議論は、日本での現行知的財産法の解釈や、あるいはより適切なファッションデザインの保護と利用に向けた新しい法制度の構築に役立つと思いますので、しっかりと研究を続けていきたいと思っています。また、最適な法制度を新たに考え出していくことも非常に大事ですが、一弁護士としては、あくまで現行法のもとで、その依頼者の希望を叶えるために、論理的で説得力のある主張を組み立てることができるようにしておくことも大事だと思っています。そういう意味では、海外の法制度も含めて多くの考え方を知っておくことで、従来の日本法の枠組みにとらわれすぎずに、柔軟でありながら筋の通った論理構築ができるようになれたらいいな、と思っています。

   

ファッションロー研究の進展に向けて

――さて、角田先生にお話を戻します。次回作の構想などがあれば教えてください。 
角田:次回作の構想については、無限に湧き出てきているという感じです。私が所長を務めている東海大学総合社会科学研究所知的財産部門(TSSRIP)では、ファッションローシンポジウム「RUNWAY to the LAW」というイベントを開催しています。このイベントは、2017年11月11日からスタートしたイベントですが、そのシンポジウムの冒頭で16回分の企画を挙げさせてもらいました。

――全部で16回の企画ですか。すごいバリエーションですね。
角田:そうなのです。実はこれでも絞ったほうでして、今もなお、研究所の若い研究者たちにより、新しいテーマがどんどん出されていますので、日々テーマが増え続けているような状況です。これらのテーマ一つ一つを丁寧に研究していくことで、次回作につながっていくと思います。本書では、諸外国の状況について十分なページを割けなかったという思いがあるので、次回作ではもう少しボリュームが取れればと思っています。

――16回の企画を立てるのも大変だと思うのですが、それをシンポジウムとして開催していくのもかなりの年月がかかりそうですね。
角田:そうですね。当初は、年1回程度の開催を考えていましたが、それだと単純計算で16年かかってしまいますので、私はそのころ何歳になっているでしょうか。若い研究者も育っているので、大丈夫ではありますが、私自身がそれらのテーマに研究者として強い興味を持っていることもあるので、今後は少しピッチを上げて、年数回の開催を目指したいと思っています。様々な研究テーマに触れることで、研究の質も高められる思っています。

――研究のスピードも上げていきつつ、質も高めるのは大変ではないのですか。
角田:私はいつも、研究をするときには現場の人のお話を直接伺うようにしています。現場の方々とのやり取りで研究を進めていくことは、リアリティが違います。また、研究者としてのモチベーションの向上につながっていることは間違いありません。さらに、シンポジウムや研究会を開催して、多くの方々と議論を交わすことで、研究のスピードが上がり、より深い研究を進めていくことができます。

――今後が期待されますね。最後に、次回のファッションローシンポジウムの構想をお聞かせください。
角田:はい。次回のファッションローシンポジウム「RUNWAY to the LAW」は、2018年6月30日(@東海大学高輪校舎)に開催を予定しています。このシンポジウムは、「ファッションロー×eコマース」がテーマとなっており、大手EC企業や、新しいアイデアでファッション分野のECに対してソリューションを提供する事業者にお声掛けをしています。ご期待ください。

   
◉ 角田政芳・関真也 『ファッションロー』(勁草書房、2017年)

ファッションビジネスの拡大と変容に伴って近年大きく注目されているファッション・ローに関する本邦初の体系的な解説書である。体系的な理解を提供し、実務で問題となる事案に解決指針を与え、今後起こり得る課題を指摘する。ファッションデザイン、ブランド、モデル、コスプレなどを著作権、意匠権、商標権等の保護の観点から解説する。詳しくはこちら

   
   

角田政芳(すみだ・まさよし):
東海大学教授、東海大学総合社会科学研究所所長、知的財産部門部門長、弁護士。著書『ファッションロー』(勁草書房、2017)では、ファッションローに関するほぼすべての問題について体系的に解説。ファッション関係の主な論文に、「ファッションショーにおけるモデルのメイクアップ、衣服等のコーディネート、ポーズ等の法的保護: 知財高判平成26.8.28判時2238号91頁『Forever21事件控訴審』を契機として」(『DESIGNPROTECT』106巻Vol.28-2、2015年、7頁)など。

関真也(せき・まさや):
TMI総合法律事務所弁護士、NY州弁護士、津田塾大学非常勤講師、東海大学総合社会科学研究所研究員、日本知財学会事務局員。著書『ファッションロー』では、「米国におけるファッションロー」について解説。ファッション関係の主な論文に、「米国知的財産法によるファッション・デザイン保護の現状と課題(2)」(『日本国際知的財産保護協会月報AIPPI』62巻2号、日本国際知的財産保護協会、2017年、149頁)など。