Think of Fashion in Kanazawa: トーク02

かたちを比較する ―アンリアレイジにおけるファッション・ショー

菊田琢也(文化社会学/ファッション研究)

   

1. ファッション・ショーの形式

 僕からはファッション・ショーについてお話します。ファッション・ショーという形式のなかで、アンリアレイジはどのように服を披露してきたのか、というお話です。

 まず最初に、ファッション・ショーにはどのような形式があるのか整理しておきたいと思います。これは大きく二つに分けられるのですが、①展示(インスタレーション)形式のショーと、②ランウェイ形式のショーです。しばしば前者を「展示会」、後者を「ショー」と便宜的に区別して呼んだりしていますが、①と②の大きな違いを一つ挙げるならば、服を「静止」した状態で見せるか、あるいは「動作」のなかで見せるか、ということになると思います。

 ①は、服を着たマネキン(もしくはモデル)の周囲を、観る側がそれぞれのペースでゆっくり観て回ることができます。正面からだけではなく、後ろに回って見たり、角度を変えて見たり、接近したり、遠ざかったりしながら、服の細部を繰り返し確認することができます。あるいは、実際に手にとって生地の感触を確かめたり、捲って服の内側を確認できたりするものもあります(インスタレーション形式のショーには映像のみを観賞するものなどもありますが)。いずれにせよ、一地点に設置された状態の服をじっくりと鑑賞できるという点がメリットとして挙げられるでしょう。

 他方、②は、「ランウェイ(runway)」と呼ばれる直線の通路が主な舞台です(ランウェイには、曲がりくねったものや、ジグザグ状のもの、もしくは「道(way)」というよりも「場(space)」が広がっているものなど様々なバリエーションがあります)。そこに、最新シーズンの服を着たモデルたちが一定の間隔で次々と登場し、音楽が流れるなかをウォーキングし、カメラの前でポージングを取り、舞台から去っていく。その繰り返しを、観る側は指定された席に座り、目の前を通過するモデルたちを順次追いかけるように観賞するわけです。
 ランウェイ形式のメリットは、15分程度という短時間で効率良くコレクションを観賞できるという点でしょうか。また、音楽や照明、舞台演出、ヘアメイクやスタイリングなど、ショーに付随する様々な要素を総合的に吟味しながら観賞できるという点も挙げられます。それから、これは今回もっとも強調しておきたい点なのですが、人が動いている状態における服のかたちを確認できるという点がランウェイ・ショーにおける最大の魅力ではないかと思います。

 この二つの形式を踏まえ、アンリアレイジのファッション・ショーについて考察していきたいと思います。なかでも、注目したいのは、2009SSコレクション「○△□」から四シーズン続いた展示会形式での発表と、2011SSコレクション「     」(空気の形)以降の、再びランウェイ形式のショーが中心になっていく流れについてです。先に論点を述べておくと、「     」(空気の形)以降、アンリアレイジのファッション・ショーは、①と②の複合形式というかたちを取っていると考えます。複合形式のショー(これを③とします)については後述しますが、まずは、アンリアレイジのショーで繰り返し行われている「かたちの比較」について触れておきたいと思います。

ファッション・ショーの形式:
① 展示(インスタレーション)形式  *「静止」した状態で見せる
② ランウェイ形式  *「動作」の連続のなかで見せる
③ ①と②の複合形式  *アンリアレイジのショー(2011SS以降)において特徴的にみられる形式

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・左:「○△□」(2009SS) ・右:「TIME」(2012-13AW) ©2015 ANREALAGE

   

2. ひとが着る前のかたちと、着た後のかたち

 アンリアレイジのショーにおけるかたちの比較は、当初それは、ひとが着る前のかたちと、着た後のかたちがどのように変化するのかを示すものでした。

 例えば、展示形式で発表された「KANON」(2006-07AW)では、新作を身に着けた26体のマネキンが一列に並んでいます。それぞれの顔面には平面状態の服、つまりは「A」から「Z」までのアルファベットのかたちをした服の写真が貼られてあり、それによって、ひとが着用した状態の服のかたちと、着用前の服のかたちとを比較しながら観賞できるような展示になっています。平面状態(つまりは、ひとが着る前)では不思議なかたちをした服が、着用すると比較的ふつうのかたちの服になる。その変化を確認してもらう見せ方になっているわけですね。

 このようなかたちの比較は、「○△□」(2009SS)、「凹凸」(2009-10AW)、「SHILOUETTE」(2010SS)、「WIDESHORTSLIMLONG」(2010-11AW)と続く展示形式でのショーにおいても見られます。それぞれ趣旨や意図は異なりますが、ひとが着る前/後で服のかたちが変化する、不思議なかたちをした服がひとが着た状態だと比較的ふつうのかたちの服になる、という点は一緒です。そうした「ひとが着る前のかたち」と「ひとが着た後のかたち」の違いを比較して見せることで(この比較の仕方は後で変化します)、「かたちの移り変わり」を提示すること。それがアンリアレイジにおけるファッション・ショーの狙いではないかと思います。
 ちなみに、「ふつうのかたちの服になる」というのがポイントだと僕は思っているのですが、というのは、アンリアレイジが一貫して追求してきたのは「ふつうに着られる服(リアル・クローズ)」であったからです。一見奇抜なかたちをしていたとしても、決して着られないような服の提示ではなかったということです。

 話を戻しますが、かたちの比較の仕方が変化するのが、2011SSの「     」(空気の形)からです。このシーズンから、ランウェイ形式のショーへと再び移行していくわけですが、この点からも一つの転換期となったシーズンだったと言えそうです。このシーズン以降、ひとが着る前/後のかたちの変化(ひとが着ることでかたちとして成立する服)ではなく、ひとが着た状態における服のかたちの変化(とくに、移り変わることそれ自体の視覚化)を問うようになったのではないかと推測します。そして、その際にファッション・ショーの形式もまた変化していったのではないかと。つまりは、②ランウェイ形式をメインに、そのなかに、①展示形式の要素を盛り込むという手法、つまりは、③複合形式のショーになっていったのではないかと。

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・左:「KANON」(2006-07AW) ・右:「     」(2011SS) ©2015 ANREALAGE

   

3. かたちを比較する

 それでは、①展示(インスタレーション)形式と②ランウェイ形式からなる③複合形式のショーとはどのようなものなのか。具体的に説明していきます。

 わかりやすい例を挙げると、「LOW」(2011-12AW)のショーにはこのような「台座」(*画像1)が設置されています。この台座上で、モデルはしばしの間ポージングをとって静止します。他方、ランウェイ上には別のモデルが登場し、動き回ります。また、同じようにモデルが静止する場面は「     」(2011SS)においても見られます。ランウェイ・ショーというのは、ウォーキング(動作)とポージング(静止)という二つの行為で服を見せるものですが、ポージングは主にカメラマンの前でルック写真用に撮影される際にとる動作のことです。しかし、アンリアレイジにおけるポージングの場面は、観る側に「かたちの比較」をしてもらう目的で使われている場合が多々見られます。ちなみに、「COLOR」(2013-14AW)と「SIZE」(2014SS)という二つのショーにおいて、モデルが静止する場面がハイライトになっていたのは記憶に新しいかと思います(2014年9月にパリ・コレクションで発表された「SHADOW」(2015SS)でも、同様な場面がハイライトとなっていました)。

 次に注目したいのは、このポージングの場面において、二体ないし複数体のモデルが同時にランウェイ上に登場しているという点です。例えば「     」(空気の形)では、空気で膨らんだバージョンの服と通常のバージョンの服を着たモデルが二体同時に登場する場面が後半部分にあります。ちなみに、服のデザインは全く同じものです。これらがしばらく並列して静止すると、私たちは自然にそれらのかたちを比較しながら見るわけですね。何が違うのか、考えながら観賞するわけです。

 この点を踏まえて、先ほどの「LOW」の台座について考えてみると、「LOW」は「解像度によるかたちの変化」を主題としたショーですが、台座の上で静止したモデルと、動き回るモデルとでは、低解像度(low pixel)のプリントの見え方が違って感じられます。モデルが接近したり遠ざかったり、あるいは生地が絶えず揺れ動いたりするので、後者の方が余計にチカチカして見えるわけですね。まるで、ひとの動きのなかで、時間の経過のなかで、服のかたちも変化しているかのように。そうしたことを、静止したモデルと動き回るモデルの二つを用意することで、鑑賞者の気付きを促す意図があるのかなと思いました。
 また、モザイク状のカクカクしたプリントに、前期アンリアレイジの代名詞であった、膨大な時間を費やして一点一点制作される手作業によるパッチワークと、ビスコテックスによるテクノロジカルなプリントとの対比を見出すこともできるでしょう。

 複数のモデルが同時に登場することによって、私たちはそれらを見比べながら観賞する。例えば、「SHELL」(2012SS)のショーでは冒頭に四体のモデルが同時に登場します。彼女たちは全員、真っ白な服を身に着けている。見頃の部分には薄っすらと服の凹凸が浮かんでいる。それは、服の表面のディテールを象ったかたちです。「抜け殻(SHELL)」の服ですね。見比べると、それら四つの表面はそれぞれ異なったかたちをしていることがわかる。

 「SHELL」は、ショーが進行するにつれ服が色付き始め、チェックなどの柄が登場し、柄の上に柄が重ね合わされていくといったように、次第に服の表面が変化していく見せ方が印象的でした。
 とくに、ラストに登場した四体(*画像2)。黒白のチェッカー柄、縦ストライプ、千鳥柄、水玉。それらの服は、表面の柄がそれぞれ異なっています。比較しながら、かたちに注目する。するとあることに気付く。そう、私たちはこのかたちに既に一度出会っている。どこで出会っているのか。そうです。冒頭で登場した四体のモデルです。服のかたちは一緒です。ただ、表面だけが違う。
 このように、アンリアレイジのショーには、一連の流れのなかでの変化を、比較しながら反芻して楽しめるものが多い。展示形式の特徴(静止)とランウェイ形式の特徴(動作と時間)をうまく組み合わせることで、効果的な見せ方をしていると思います。

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・左:画像1 「LOW」(2011-12AW) ・右:画像2 「SHELL」(2012SS) ©2015 ANREALAGE

   

4. 移り変わるかたち

 2013SSコレクションの「BORN」。ここでもかたちの比較が行なわれています。ショーの冒頭、暗がりのなかを発光した服を身に着けたモデルたちが登場します。暗闇のなかブラックライトで浮かび上がる骨格だけの服。そこからは、硬質な印象を受けます。続く場面で、照明が点いた瞬間に「比較」は起きます。再び、骨格状の服(先ほどと同じかたちの服)を着たモデルたちが登場する。しかし今度は、その下に柔らかい生地の服があるのが見える。それは、モデルの動きに合わせて柔らかく揺れる、ゆらゆらと。硬い服と柔らかい服。この対比によって、服は身体の動きに合わせて揺れ動き、つまりは、ひとが着用している状態において常にかたちが変化するものであるということが強調されるわけです。

 このように、アンリアレイジは「かたちの移り変わり」に対していつも自覚的だったのではないかと思います。それが、もっとも効果的に披露されたのが「COLOR」(2013-14AW)と「SIZE」(2014SS)のショーでした。まず「COLOR」ですが、ここでは時間の経過のなかで色が移り変わる様子が表現されていました。紫外線で色が浮かび上がるアイテムが有名なシーズンです。ショーはまず、モノトーンの服のみで始まる。場面が進行するなかで、それは次第に点々と着色されていく。服の一部が水色に、赤に、緑に。少しずつその面積が大きくなってくる。例えば、服の一部分が青色に占有される。その経過のなかで、服と色との関係について私たちは考えをめぐらす。
 しかし、ある瞬間にまた白一色の服に戻る。白衣のようなロングコートを着た二体のモデルが同時に登場し、舞台の中央に立つ。すると、円形の「台座」が動き出す。回転する。照明がモデルたちを照らす。次第に色が浮かび上がってくる。そう、色が移り変わり始める。しかし、その色は時間の経過のなかで再び後退し、また色のない服に戻る。

・「COLOR」(2013-14AW) ©2015 ANREALAGE

   

 他方、「SIZE」ではモデルが二体ずつ同時に登場し、それらを見比べることで大きい・小さいの比較が繰り返されていきます。ストライプや市松模様といった柄の大小、あるいは丈の長さなどが異なるアイテムの組み合わせによる大小の比較といったものです。ハイライトは、ショーの後半に、三体(大・中・小)のモデルが登場する場面です。モデルたちがある地点で立ち止まると、その部分が上昇する。「台座」の登場です。その上で、それぞれのモデルが着た服のサイズが変化していく。服が次第に縮小していく。ここでは、着た状態でのかたちの変化(つまりはひとが着る前/後ではなく)が視覚的に提示されている。そして、再びショーは進行し、新しいモデルが登場する。すると、ショーの前半に一度見た柄の服、アイテムが再び登場する。しかし、サイズの変化は違うかたちで提示される。どう違うのか、私たちは考える。比較することで、考える。

 このように、アンリアレイジはファッション・ショーのなかで、繰り返し「かたちの移り変わり」を提示してきました。それは、見えるかたちの移り変わりであり、見えないかたちの移り変わりでありました。あるいは、かたちが移り変わることそれ自体の提示でした。それらを、「比較」という行為を通じて視覚化させていったわけです。アンリアレイジはかたちを比較する。そうすることで、観る側の私たちに気付きを促そうとする。それが、アンリアレイジにおけるファッション・ショーの狙いではないかと思います。

・「SIZE」(2014SS) ©2015 ANREALAGE

   

5. おわりに

 そもそも、ファッションとは「変化」するものです。時間の経過のなかで、新しいものへと次々に移り変わっていく。ヴァルター・ベンヤミンの言葉を借りれば、「モードは目まぐるしく変わる」のであり、停滞することは「死」を意味する。絶えず新しく変化し続けること。それこそがファッション、つまりは流行の本質であったわけです。
 アンリアレイジはそうしたファッションにおいて当然とされていたものを、「定規を変える」ことで問い直そうとした。それはファッションのシステムが抱える問題(流行色、規格化されたサイズ etc.)であったり、洋服それ自体に内在する問題(人台を原型とする服作り etc.)であったりしました。私たちが当然と思っていたこと、窮屈と感じながらもそのままにしていたこと、もしくは気付かないふりをしていたこと、それらについて立ち止まって考えることを私たちに促そうとしていた。

 一見すればアンリアレイジのファッション・ショーは、まるで新しい服のかたちを生み出す実験の場のようにも感じられます。事実、私たちはいつからかアンリアレイジのショーに「驚き」を期待するようになっていたように思います。今度はどのような仕掛けで驚かせてくれるのだろうかといったような。もちろん、そうした驚きや感動というのはファッション・ショーにおける醍醐味でしょう。
 しかし、アンリアレイジがショーを通して訴えたかったものとは、はたして「驚き」それ自体だったのでしょうか。私たちは劇的な変化にばかりついつい注目しがちですが、実験の本来の意義はそこではない。地道とも言えるような試行錯誤を繰り返すなかで技術を更新し、これまでの問題を解決・改善していくこと。むしろそうした姿勢にこそ、アンリアレイジの本質を見出すことができるのではと思います。
 「ふつうの服」に内在する「ふつうではないこと」を解決・改善していくことで、「ふつうに着られる服(リアルなクローズ)」を更新していくこと。それが、アンリアレイジの仕事なのではないでしょうか。

   

菊田 琢也(きくた・たくや):
文化学園大学・女子美術大学非常勤講師(文化社会学/ファッション研究)
1979年山形生まれ。縫製業を営む両親のもと、布に囲まれた環境のなかで育つ。2003年筑波大学卒。在学時にファッション研究を志す。その後、文化女子大学大学院博士後期課程を修了(被服環境学博士)。現在、文化学園大学・女子美術大学他非常勤講師。専門は文化社会学(ファッション研究)。近著に「装飾の排除から、過剰な装飾へ「かわいい」から読み解くコムデギャルソン」(西谷真理子編『相対性コム デ ギャルソン論』フィルムアート社2012)、「アンダーカバーとノイズの美学」((西谷真理子編『ファッションは語り始めた』フィルムアート社2011))、「やくしまるえつこの輪郭 素描される少女像」(『ユリイカ』第43巻第13号、青土社2011)など。

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