divka(ディウカ)のデザイナー田中崇順さんは、立体裁断による制作を常々行ってきた。ボディと向き合い、手を動かし、トワルを完成させてゆく。その作業は、感覚に頼るところがとても大きい。「デザイン画には自分の頭の中にあるものしか出てこないが、立体で作ると自分が意図しないものも出てくる」と、田中さんは説明する。そこで、過去10回のコレクションを見直して、気になったことを聞いてみた。毎シーズン、これまでのやり方をあえてずらしてみることで、意図しない服の形を引き出す作業をされているのではないかと。
ちなみに、2016-17AWシーズンで試みたのは、洗練させ過ぎないということ。いわく、「制作の過程で失われていく、受動的でありながらも、いくつもの可能性に開かれているような未完の服の力強さを最後まで留めておくこと」。
(収録:2016/04/05 *聞き手:菊田琢也)
制作過程で失われゆく力強さを留め置く
――まず最初に、2016-17AWシーズンについて、簡単にご説明ください。
今シーズンのテーマは「in progress」です。僕はデザイン画を描かずに立体で作るのですが、トワルを作って、モデルに着せて、直してを繰り返すことで、完成に向かっていきます。その際に、動きづらい箇所などをどんどん修正していくのですが、すると、最初に持っていたトワルの佇まいや力強さがなくなってしまうことがあって、それで、今回はそういうものを残しつつ仕上げられないかと考えました。
これまでは、「洗練させる」という言葉にとらわれ過ぎている部分があったように思います。立体で作ると、不具合は絶対に出るんですよ。例えば、袖が少し後ろに付いていたりして、着せたときにちょっとしたドレープができる。そのドレープが面白かったりするのですが、やはり動きづらいので、袖を前方に付け直します。すると、もちろん動きやすくはなるのですが、最初にあったドレープは消えてしまいます。そうやって修正を重ねていくうちに、次第に味気ない形になってしまうんです。それで、今回は、トワルの段階で持っている佇まいを残しつつも完成できないかという課題を自分たちに課しました。僕たちにとって、毎シーズンのテーマというのは、外に向けてというよりも自分たちに課す課題みたいな意味合いが強いです。
――自分たちに課題を課すということですが、毎回のテーマについて、プレスリリースで丁寧に説明されていますよね。それで、今回の文章の中に、「divkaは誰も知らない服を、私達自身も知らない服を作り出そうと試みています」という一文があって、「私達自身も知らない服」というところが気になったんです。このことについては、追って詳しくお聞きしたいのですが、divkaは、服作りの過程において、意図しない服の形を引き出す作業というのを一貫して行ってきたのではないかと。
改めて読み直すと、前半の部分は少し大げさだったかなという気はしているのですが、確かに、後半の部分が自分たちにとって重要な部分ではあります。毎回、違った方法を取り入れつつ、実践しているところですね。
――今回はヒカリエホールBでの発表でしたが、見せ方の部分で意識した点は?
今回は特にディテールにこだわって制作したので、生地の質感なども含め、できるだけ間近で見てほしいというのがありました。また、多くの人に見てもらいたいというのもあったので、ランウェイの幅をできるだけ狭くしました。
――確かに、素材へのこだわりが窺えました。カットジャガードやパッチワークの生地など、これまで使用しなかったような生地も使っていましたね。
今回は素材作りに費やす時間をいつもより増やしました。リネンの糸で作った強撚の圧縮ジャージは山形にあるニットメーカーのケンランドにお願いして作ってもらったものです。本来、リネンは縮まないのですが、圧縮できる技術をその工場は持っていて、それを用いて、オリジナルの生地を作成しました。また、カットジャガードは前回に引き続き、尾州のものです。今回は二重織りの下をストライプに変えていて、表面が剥がれ落ちて下の柄が覗いて見えるようなイメージに仕上げました。
――好んで使われる素材はどの辺りですか。
個人的にウールやリネンが好きでして、秋冬でしたらやはりウール関係です。春夏ですとシルクや綿を使いますが、だいたい限られますね。divkaはドレープの印象が強いと思いますが、秋冬ですとコートなどの上物が結構売れるんですよ。
――今シーズンのプリントについてお聞きかせください。
プリントは、いつもなら3、4柄作るのですが、今回は2柄と控えめにしています。というのは、刺繍やカットジャガードを使っていた関係でです。一つは手描きドローイングの柄で、書きかけのスケッチのような、「過程」のものをプリントにも使いたいなと。以前は、スケッチブックを毎シーズン作っていて、そこにスケッチをよく書いていたんです。完成された絵よりも、スケッチやドローイングの方が好きなんですよね。
もう一つのプリントは、手の痕跡を残したいというのがあったので、陶芸のゴツゴツとした質感を柄にしました。これは、自分でローラーを使いながら作成しました。
――刺繍を施したのは初めてですか。
はい、そうです。やはり、手仕事を取り入れたいという理由で、使ってみました。また、divkaをよく知っている方たちには、刺繍というイメージが全くなかったと思うので、予想外のところで見せても良いかなと。
これまで刺繍を使わなかったのには、いくつか理由があるのですが、その一つに、やはり値段が高くなってしまうということがあります。divkaの服は一枚のパターンでできているものが多いので、どうしても取り都合が悪いんです。用尺が結構かかってしまう。生地は安く抑えて、形で勝負すればいいと考えていた時期もあったのですが、今は多少高くなっても良いものを作りたいという心境でいます。
意図しない服の形を引き出す作業
――セントラル・セント・マーチン芸術大学のファッションプリントコース出身ですよね?
ファッション科の中の一つに、プリントコースというのがあります。とは言っても、あくまでもファッション科で、そこにグラフィックの要素がプラスされているという感じのコースです。自分で素材を作って、その生地を用いて服を作るということを繰り返し学びました。それもあって、ブランドを立ち上げたときも、プリントというのが一つの要素になりました。
――立体裁断やドレーピングに惹かれていくのはどういった経緯で?
セントマーチンズは、縫製やパターンの授業がほとんどないんですよ。とにかく自分で生地を作って、その生地を使って立体で作るということを学生の頃からしていたので、自分の中では自然な流れなんです。次第に、デザイン画を描かずに、とりあえず手を動かして立体で作るという作業にはまっていきました。デザイン画を描いても、自分の頭の中にあるものしかそこには出てこないので、あまり面白くなくなってしまって。立体で作ると、自分が意図しないものもたまに出てくる。それが面白くて、今でも立体で作っています。
――今も、デザイン画は全く描かないのですか。
全くではないですが、ほとんど描きません。いつも夜になるとアトリエのボディを出して、とりあえず手を動かします。それで、いいなというものができたら、紙にパターンをトレースします。幸い、アトリエにはCADとプロッターがあるので、実物大に印刷して、一回縫って、最初のトワルが完成するといった流れです。
――とにかく手を動かして、手探りで最終的な形に仕上げていくような作り方ですよね。トータルなアイテム構成の調整が難しそうだと思ったのですが、どのアイテムを何型作るかといったようなことは、どのように調整しているのですか。
以前までは、それが問題点だったんです。というのは、事前に何を作るか考えずにボディと向き合うので、ドレスができるのか、ジャケットができるのかわからない。何となくドレスっぽいものを作っていたら、ジャケットのほうがいいと思って変更することもある。そういうやり方でいると、結局、自分が好きなものしか出来上がらないんですよね。
それで、今は、最初に表を作るようにしています。ジャケット何型、コート何型といった表を作成して、パズルのピースみたいに一つ一つ埋めていくやり方をしています。アイテムが一つできたら表にはめ込んでいって、スカートが足りてないようだったら、そこを足していく。アイテムの構成を考えつつ、バランスを取るということを最近はやっていますね。
――過去のシーズンを見直すと、何かを「ずらす」という作業を繰り返し行っているように思いました。例えば、2015-16AW「face」ではドレーピングの支点を意図的にずらすことをされていたし、2014-15AW「Distance」では着用時の動きによって生じるずれをデザインに予め加えておくことをされていました。また、今シーズンがまさにそうですが、これまでのやり方をあえてずらしてみることで、意図しない服の形を引き出す作業をされているのではないかと思ったのですが。
自分がこれまでやってきたものよりも、自分がまだやっていないことをやりたいという意味合いが強いです。コレクションができ上がってみて、自分にとって全く新鮮味がなかったら意味がないんです。そういうところで、一般的なものからずらすというよりも、自分がやってきたことや方法をずらしてやってみるという感じが一番強いかもしれませんね。山登りで言うと、目指しているものは一緒なんですけど、ルートが違うというか。
――シャツならシャツ、ジャケットならジャケットという服の定型というのがあって、ファッションデザインというのは、その枠組みの中で造形の美しさや機能性を考案し直す作業だと思います。そうした服の定型や制作の方法を少しずらしてみる、見る角度を変えてみることで、これまであまり顧みられてこなかった服の表情を引き出そうとしているのではないかと。
それもちょっとありますね。服の原型というのはやはりあって、それは長い歴史の中で培われてきた知の結晶じゃないですか。それを使えば、動きやすいのは当たり前で、服が綺麗にできるのは当たり前。そこからパターンを展開して作るというのは基本だと思いますが、でも、そこには、やはり限界があると思っています。
正直言って、うちのイメージって、新しいという感覚を持っている人は多くはないと思います。自分の好きなファッションは、やはりモードの王道で、それしかできないんでしょうね、きっと。だから、新しいイメージはあまりしないかもしれませんが、自分たちの中での「新しいもの」って何だろうというのを問い続けているのだと思います。
日本と海外とでの違い
――今シーンズは、ちょうど10回目のコレクションにあたります。節目ではないですが、これまでやられてきて見えてきたことや、これからの課題などはありますか。
先ほども申しましたが、値段が多少上がっても良いものを作って、それで売っていこうという心境で今はいます。少し前までは、この辺はオリジナルの生地を使って、この辺は市場に流れている生地で値段を抑えてといったバランスを取ることを考えていたのですが、なるべく安いものを入れていこうという考えは止めました。
というのは、良いものを作ろうとしたら、どうしても、この程度の値段になってくるというのはあると思うんです。やはり、服を作るというのは大変なんですよね。僕がというよりも、工場さんや生地屋さんが大変なんです。手作業でやる工程が多いので。でも、その辺りがあまり考慮されていない状況があるような気がしていて、ここは一つ一つ手作業で行っていますと説明しても、「高いね」って言われると、少し違和感を覚えてしまいます。
僕ら、パリで8回くらい展示会をやってきたのですが、8回目にしてようやくわかったのが、中途半端なものは売れないということ。これはどうだと勝負しているもののほうが売れるんですよ。やはりデザインでしか勝負できないので、そこを突き詰めていこうと思っています。
――服を作るのには、人手も、時間もかかりますし、それから、広い場所も必要になってきますよね。作業するスペースも、ストックしておくスペースも必要になってくる。
特に、うちのパターンは一枚でできているものが多いので、必然的にめちゃくちゃ大きくなるんです。工場さんでも、作業台に乗らないので床で裁断したりする場合が多くて、そうなると、やはり大変なんですよね。
――僕はものが出来上がるまでの過程が大事だと思っていて、それは考え方や、どのように手を動かしたかといったことも含めてですが、その過程を大切にしているブランドには強度を感じます。パリでの展示会の話が出ましたが、日本と海外とで反応は違いますか。
違いますね。日本と海外とで括るのも難しいんですが、全体的に見ると全く違います。売れるアイテムが全く違うんですよね。パリだったら、自分がどうだって勝負しているものが売れるという嬉しい現象があって、逆に、買いやすいものや着やすいものが売れないという傾向はありますね。ただ、パリの展示会は、世界中からバイヤーが来るので、ヨーロッパに限定して言うと、うちにしかできないもの、例えばコートなどがよく売れます。
――過去のインタビューで、海外では「日本的」に見られるけれども、日本だと「西洋的」に見られるという発言をされていました。
やはり、海外では「日本のブランド」と言われることは多いです。逆に日本だと「インポートっぽいよね」ということをよく言われます。「海外でうけそうだよね」って。
今回のプリント(ドローイングの柄)も、モチーフは西洋の柄なのですが、「着物っぽい」とか「和っぽい」と言われました。おそらく、柄を大きく使うことが多いので、その大胆さが着物を連想させるのではないかと。西洋の柄は細かいものが多く、基本的にシンメトリーです。でも、僕はアシンメトリーな柄を大胆に入れるのが好きなので、それが着物っぽく映るのかもしれません。それから、一つのパターンで作ったものが多いので、身体を包む形や肩の落ち具合といったところも、和を感じさせるのかもしれません。
――サイズ展開に関しては、どのような対応を取られていますか。
レディースは、3〜5サイズ展開でやっていますが、うちぐらいの規模のブランドでは多い方だと思います。それから、今、ヨーロッパのサイズ感に寄せていて、丈も袖丈も長くしているんです。サイズの問題というのは、やはり、海外に出るにあたって一番の問題になる部分ですよね。サイズ展開だけでなく、袖の長さもお尻の大きさも違います。さらに言えば、標準の体型というのは、国それぞれで異なってきます。そこがすごく難しいところで、ヨーロッパのサイズ感に合わせたところ、今度はアジアのサイズ感に合わなくなってしまって。なので、袖の見返しを長くして、折り返しても切れるなど、工夫をしています。
――人の体型は個人差が大きいので、着用時のドレープの出方なども変わっくると思うのですが、その辺りはどのように調整されているのですか。
正直、うちで調整することはすごく難しい。ドレープの出方というのは、確かに違ってくるんですけど、そこは違っていいと思っています。たまに、「背が高い人しか似合わないでしょ」と言われることがありますが、背の低いお客さんも意外に多くて、ロングのドレスをブラウジングして着ていたりするのも、それはまた可愛いなと思うんです。小さな人が大きい服を着るのって、可愛いじゃないですか。ルック写真やショーはあくまでもサンプルのイメージとして提示しているものであって、実際に着るときには個人差があったほうが楽しいと思っています。
divkaデザイナー。
ロンドンのセントラル・セント・マーティンズ美術大学ファッション科在学中からJohn Galliano/Christian DiorやMiki Fukaiで 経験を積む。C&W/H&B Student Fashion Award UKでは2004年にファイナリスト、2005年には優勝し、翌年、International Competition “ITS#5″にてファイナリストに選考される。2006年、同校をファーストクラスで卒業する。帰国後、デザイナーズブランドにて経験を積む。
http://www.divkanet.com