北京の街を歩いていると、「本当に、おしゃれな子が増えたな」と思います。私が北京電影学院に留学した1996年当時、北京は、アーティストや映画・演劇関係者、ミュージシャンが集う文化の中心地ではあったものの、東京から来た私の目には、街も人もグレー一色で、なんとなく寂しい感じがしました。それから約20年、北京は、どんどんとページをめくるようにして、その景色を変え、街を行き交う人たちのファッションを色鮮やかなものにしていきました。
この街が今の姿になった大きな転機は、2001年。7年後に控えた北京オリンピック開催の決定でした。2003年に北京に戻り、ラジオ局などの仕事をしていた私の目の前で、北京市の再開発が急ピッチに進んで行きました。
当時、中国ファッションの中心地といえば上海でしたが、この再開発の動きを受けて、北京への期待は日増しに高まっていました。2005年、私の友人でもある上海在住のデザイナー張達(ジャン・ダー)は、「今は、まだ上海がファッションの中心だけれど、商業環境が変われば北京はファッション都市になり得る」と変化の兆しを感じとっていました。また、今思えば、街の人たちも、この時代の流れを確かに受け止めていました。私が北京で生活をしていた2007年頃、北京市内で何度もストリート・スナップの撮影風景を見かけ、これまでにはなかった新しい光景を新鮮に感じたものです。
オリンピックイヤーの2008年、中国ファッションの変化を象徴する出来事がありました。オリンピック公園が建設された北京市朝陽区の「三里屯(サンリートン)」エリアにファッション、レストラン、ホテルなどの複合施設「三里屯Village」*註1 がオープンしたのです。目抜き通りに面したモザイク柄が美しい3階建のユニクロは、三里屯の顔ともいうべき建物で、友人との待ち合わせは、「三里屯のユニクロ」が定番になりました。三里屯は、現在ではadidasやNIKE、MARNI、Maison Margiela、COMME des GARÇONSなどの海外ブランドを数多くテナントとして迎え、北京のファッション・ピープルには外せない、新しいファッションアイテムの重要な発信地となっています。5月5日、sacaiの旗艦店がオープンしたのもこのエリアです。また、この2008年は、HERMESが中国ブランド「上下(シャン・シャー)」を立ち上げた年でもあり、中国が世界のファッション業界から強い関心を集めた年になりました。
このように、海外ブランドの中国進出が加速する一方で、中国の国内ブランドも、徐々に支持を広げていきました。北京や上海、厦門(アモイ)や成都など中国各地の大都市に中国人ファッション・デザイナーのアイテムを中心に販売するセレクトショップが続々とオープンし、おしゃれに敏感な20代、30代にとどまらず、40代、50代の富裕層の注目を集めています。中でも、2009年に北京の旧市街(五道営胡同)*註2 に店舗を構えた「棟梁(ドンリャン)」は、中国人デザイナーを専門に扱うセレクトショップの先がけで、上海にも2店舗を出店し、確実に国内の顧客を増やしています。今年4月、私が北京店を訪れた時も、20代の女性が試着をしていました。店員さんに話を聞くと、常連客の20代、30代の女性が、北京市民の平均月収に近い1着3,000元(約60,000円)ほどの服を購入するのは珍しくないようです。
前述のデザイナー張達(「上下」のデザイナーも兼任しています)は、2009年の「棟梁」オープン時に最初に扱われたデザイナーの一人で、「棟梁」での販売がスタートしてからというもの、自分のブランドである「没辺(メイビエン)」の売上が順調に伸びているとのこと。彼は「服作りでは、自分の想うデザインを形にするだけでなく、売上もとても大切だと思う。服は着てくれる人がいないと意味がないからね」と話していました。張達の言葉からは、海外ブランドに限らず、自国の中国ブランドにも関心を持つようになった中国のファッション・ピープルの裾野の広がりが感じられました。
中国のデザイナーは、国外のファッション・ピープルからの注目も集め始めています。上海在住のシューズデザイナーKIM(キム、本名:金晶)の靴は、2012年に表参道の「TRADING MUSEUM COMME des GARÇONS」で販売され、現在はラフォーレ原宿で扱われています。また、ラフォーレ原宿では、2015SSでロンドン・メンズ・コレクションデビューを果たした厦門在住のデザイナー上官喆(シャン・グワンジョー)のブランド「SANKUANZ」も販売されています。「棟梁」も、LAのセレクトショップ「H.LORENZO」でポップアップショップをオープンするなど、中国人デザイナーを海外へ紹介する活動も精力的に行っています。中国のデザイナーたちは、着実に国内外での需要を伸ばし続け、世界のファッション業界を盛り上げることでしょう。
この20年、中国のクリエイターたちと接していて感じるのは、彼らが常に未来を見ていること、そして、まだ誰も仕掛けていない「何か」ができるのではないかとチャンスをうかがっていることです。毎年、北京や上海で、クリエイターたちと接する度に、「何か一緒に作りたい!」というワクワク感や意欲を感じて東京に戻ります。元気が良く、新しいものを欲している中国。これからも中国のクリエイターたちとの交流を絶やさず、常に勢いを感じていたいと思っています。
小山ひとみ(中国語通訳・翻訳/ライター/コーディネーター)
2015/5
*註1: 2013年4月に「三里屯太古里(サンリートン・タイグーリー)」に改名。
*註2: 現在はよりビジネス色の強い朝陽区の新城国際(高級マンション群)に移転。
ROOT:
小山ひとみが主宰する、中国を拠点に活動する表現者たちのROOTS(ルーツ)を探るウェブサイト。
Webサイト: http://www.root-xiaoshan.com
・張達インタビュー: http://www.root-xiaoshan.com/post/12/index.html
・KIMインタビュー: http://www.root-xiaoshan.com/post/15/index.html