Think of Fashion in Kanazawa: トーク01

現代美術館でファッションを展示すること ―アンリアレイジの場合

平林恵(金沢21世紀美術館キュレーター)

   

1. ファッションを美術館で展示する

 金沢21世紀美術館のキュレーターの平林と申します。私はファッションの専門家ではないので、あくまでも美術館のキュレーターという立場で、「フィロソフィカル・ファッション 2: ANREALAGE “A COLOR UN COLOR”」(2013年7月12日〜2013年11月24日)の展覧会を作るプロセスを通して見えてきたアンリアレイジのものづくりの視点や姿勢についてお話できたらと思います。

 「フィロソフィカル・ファッション」展を始めたときに、よく言われたのが、「美術館でファッションの展覧会をするって珍しいですね」というご意見でした。そのことについて最初にお話したいと思います。

 そうした意見は予想していなかった訳ではないのですが、率直に言えば、美術館でファッションを展示するということについて、私のなかではあまり違和感がなかったんです。
 というのは、美術館にも様々な種類がありますが、金沢21世紀美術館は「現代」の表現について調査して収集して展示をするという活動をしているので、過去の展覧会においても、いわゆる現代美術作品だけではなく、演劇とか音楽とか、詩とか、漫画とか小説、もちろんデザインも、あらゆる表現を扱ってきたんですね。実際、私自身が当館に着任して最初に関わったのが川崎和男さんというデザイナーの展覧会サポートでしたし、それ以降も、日比野克彦さんのアートプロジェクトで、「なんでこれがアートなの?」と言われながら朝顔を育てたりとか、野田秀樹さんとコラボレーションで演劇のワークショップを行なったりしてきました。
 そうした過程で、私のなかでファッションと現代美術との間の垣根のようなものが自然となくなっていたのではないかと思います。

 そこで、なぜ美術館でファッションを展示することに不思議な感じを受けるのだろうということについて考えてみたのですが、おそらく「ファッション」というのは単語が意味する通り「流行」とか「移ろう」ということを特徴の一つとしている。他方、美術館は価値が定まったものを保存して伝えていくという性格が顕著です。従って、一見するとファッションと美術館とはまったく違う方向を向いているように思えるのではないかと。
 しかし、「現代美術館」というのは今の社会に根ざした活動を調査、研究する場ですし、いま私たちは「ファッション=流行」というふうに容易に捉えがちですが、よく考えてみると、ファッションはその時代の文化を包括するような性質をもっています。また、ファッション・デザイナーはそのときの流行に沿ったものを作ろうとして作っているわけではなくて、自分なりの問題提起とか自分の視点をデザインに落とし込もうとしているわけなので、様々な制約はあれ、ファッション・デザインとアートとの間にクリエイターとしての境はないのではないかというふうに次第に思うようになりました。

 では、ファッション=アートなのかというと、私はそうは思ってはいないのですが、これについて話し出すとそれだけで大きなテーマになってしまうので、また別の機会に譲ろうと思います。

・「フィロソフィカル・ファッション2:ANREALAGE “A COLOR UN COLOR” 」展示風景 photo: SUEMASA Mareo
(©2015 ANREALAGE ©2015 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa)

   

2. 「フィロソフィカル・ファッション」展、アンリアレイジの場合

 「フィロソフィカル・ファッション」展というシリーズのなかで、最初ファイナルホーム(FINAL HOME)を取り上げたのですが、そのときはこれをシリーズ化するつもりはまったくなかったんです。ただ、いま申し上げたように「アート」や「ファッション」について考え、来場者の反応を見ていくうちに、私自身、ファッションというものにもっとじっくり関わってみたいなという思いが強くなりまして、「フィロソフィカル・ファッション」をシリーズ化しました。第二弾はアンリアレイジ、第三弾はミントデザインズ(mintdesigns)と決め、いよいよアンリアレイジにオファーをして展覧会をやりましょうということになるのですが、この辺りはビジュアル資料を使いながらお話したいと思います。

 今朝、この展覧会を作る際の森永さんとのやりとりを、メールから掘り起こしてみました。それを少しご紹介します。
 オファーをしたのがちょうど去年の今頃(2012年11月頃)です。そのときに私は展示の方向性について、アンリアレイジの特徴である大胆なコンセプトに向かっていく姿勢と、細部までこだわったものづくり、ものとしての見せ方というものを両方一気に捉えたいという話をしました。それから、商品のディスプレイというかたちではなくて、アンリアレイジの姿勢なり考え方なりを空間化するということを一緒に考えていけないか、というような話し合いをしました。

 2012年12月のメールで、「(コレクションとは)全く別のものをやろうと考えたい」という旨の返事をもらい、それから2013年2月にメールの文面で頂いたのは、「あの空間自体を大きな水槽のようなものにしてしまうことはできますか」というとても大胆なプランでした。そこには、「人工太陽光照明を使いたい」などのアイデアが既に書いてありました。

 私はそのアイデアにびっくりしたのですが、それは、私たち美術館スタッフは、最初から絶対にできないと思い込んでいるから、とても考えつかないことなんですよね。でも、アイデアとしては非常にシンプルで力強い。まさに自分のなかにある固定概念みたいなものを崩されるような感じを覚えて、100%実現は難しくても、どこまで可能か考えてみようと思いました。
 そこで、「可能性を探ってみます。ただ美術館は制約が大きく、予算も限られているので、難しいことも多々あると思うけれど、その姿勢でどんどん大胆な提案をしてきてほしい」という旨お返事しました。結局その案は、展示室の床の耐荷重等、いくつかの課題をクリアできず実現できなかったのですが、森永さんはその後も大胆なアイデアを次々と投げてきてくれました。

   

3. アンリアレイジの思想を空間化する

 次に出てきたプラン(*画像1)も大胆なものでした。
 非常に大きな建て込みですよね。こちらの図面には色がついていますが、元々は真っ白な空間で、白い階段とか、スロープとか、ターンテーブルがあって、そこに白い花を30,000本敷き詰めるというアイデアでした。その花は布やボタン、レースで出来ていて、それで空間を埋め尽くすと。そこに大小6つのターンテーブルがあって、その上にマネキンが置かれていて、3分間隔でライトをオンオフすることで、白の空間がカラーの空間に変化するというアイデアだったんです。

 しかし、これを全て実現することは予算的に難しいとわかっていたので、何を優先して残すべきか、そして具体的に何が可能で何が不可能なのかを同時に考えていきました。森永さんから布のサンプルを送ってもらい、実際に照明が消えたら3分で白に戻るのか実験してみたりもしました。
 すると面白いことに、布の色によって、白に戻る時間が違うんですね。例えばマゼンダだと一瞬で戻るんですが、青とか緑だと戻るまでに10分くらいかかることもある。従って、照明の間隔というのはある程度長めにしないといけないとか。それから、その特殊なライトのレンタル費用等を計算して現実的な数字を出し、次のプランに落とし込んでいったわけです。

・左:画像1 ・右:画像2 (©2015 ANREALAGE ©2015 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa)

 これ(*画像2)が5月31日のプランですね。なぜこのプランなのかという理由を毎回きちんと言葉で説明してくれるんです。このプランは、大きなターンテーブルを一つ置き、その縁に20数体のマネキンを並べるというものでした。照明費用を検討した結果、ライトの数を絞って、マネキンの方を動かし、ライトの下にくると服の色が変わるというような仕掛けを提案してくれました。
 これも実際に検討しました。ターンテーブルはこの数のマネキンを載せて本当に動くのか、4ヶ月間順調に作動するのか、費用はどれくらいかかるのかといった現実的な問題とともに、この仕掛けでアンリアレイジの世界観は伝わるのだろうか、という点も考慮しながら、少しずつ変更していきました。結局ターンテーブルが大きすぎるという問題になり、代替案として出てきたアイデアがこちら(*画像3-1, 3-2)でした。

・左:画像3-1 ・右:画像3-2 (©2015 ANREALAGE ©2015 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa)

 これ(*画像3-1)はターンテーブルの上に服の山が乗っている、そして照明が二灯あり、ターンテーブルが回っていくというもの。このときに過剰なまでに大量の服を展示するというアイデアが生まれ、壁側はすべて服で埋めようということになりました(*画像3-2)。この時点ではまだ「白」ということは決まっていませんでした。

 このプランについて話し合う中で、私が、この展示がある作品を連想させると言ったんですね。それは「妻有アートトリエンナーレ」(2012)に出品されたクリスチャン・ボルタンスキーの作品《No Man’s Land》で、9トンくらいの古着が積み重ねられ、クレーンで掴み上げられては落とされるという巨大なインスタレーションだったのですが、それに似ていますねと。もちろん、コンセプトも規模も全く違うのですが、その縮小版に見えなくもない。そして、美術作品のインスタレーションっぽく見えるということの是非について話し合いました。
 私の方では、このアイデアを活かしながら、ボルタンスキーのイメージを通して見られることがないような、よりアンリアレイジのコンセプトが伝わりやすい展示に落とし込むことを考えていました。しかし、森永さんは既存の作品にイメージを引っ張られるということから、プランを白紙に戻したんです。

 ファッション・デザイナーが古着の山を展示することは、大量消費へのメッセージと受け取られかねないし、それはアンリアレイジのコンセプトに対して誤解を生じさせるかもしれない。では、壁に整然とシャツを畳んで並べるというのはどうだろう、そしてその中の幾つかが変色するというアイデアはどうか、という手描きのアイデアが送られてきました。実際、展示プランとしては「あり」だと思いましたが、「これ」という感覚にはなりませんでした。また、この時既に6月半ばでしたし、準備期間を考えると現実的ではないだろうということもありまして、これもまた見送ることになりました。

 この間にも紆余曲折あったわけですが、そもそも、30,000個の花のアイデアが不可能になった理由の一つとして、既に製品化されている古着を染めても、はっきりと色が変わらないことが判明したということもあります。アンリアレイジの「COLOR」の服は、糸から染めているために鮮やかに色が変わるんですよね。そうしたことも、展示準備のなかで分かり、いくつものハードルを越えなくてはなりませんでした。

 ただ、古着を素材にするという方向性はこの時点で決まり、準備を始めていました。
 この写真(*画像4)は、届いた白い古着の一部を床に出してみた時のものです。ここにアンリアレイジの服と古着を後染めした服を混ぜ、人工太陽光照明で照らしてみると、後染めした古着が微妙なピンクに変わります。しかし、古着の白は、一口に白い服といっても決して同じ白ではないんですよね、いろんな白がある、生成りっぽい色からすごく黄色がかったものまで。
 染めた古着は色が薄いので、そのなかに埋もれてしまうんです。ここで、古着を染めるという案を諦めました。実験してみて初めて分かったことです。また、照明と服の距離を離してしまうと色の変化が分かりにくい、つまり色を鮮やかに見せるためには照射距離を短くしなくてはならないといったこともわかり、さらに展示プランが変わっていくわけです。

・左:画像4 ・右:画像5 (©2015 ANREALAGE ©2015 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa)
   

4. 納得するまで考え抜く姿勢

 これ(*画像5)は7月2日の段階で出てきたものですね。7月12日には展覧会オープンですから、もうメールでのやりとりでは間に合わなくて、電話で何度も相談しました。そして、実際に色の変化を明確に示せる照明の位置を計算し、このプランに落ち着いたわけです。

 割と最終段階に近い感じですが、図面では照明が六灯ありますよね。ところが、実際に展示してみると、この距離だと隣の服にも影響を及ぼしてしまうということが判明し、現場で位置を調整して照明を一つ減らしました。
 思い返すと、この前の展覧会は6月30日に終了していて、7月1日から撤去に入っているので、7月2日にこの状況だったということはかなりの冒険だったと思います。展示の最中にも、もっとよいものにしようとして、どんどんアイデアが追加されていく。森永さんもアンリアレイジのスタッフたちも全力を尽くしてくれて、私たちもとにかくがんばるしかないという状況になりました。

 ちなみにこれは、展示の仕組みを考えている時の実験写真です(*画像6)。最初は斑に古着を詰め込むという状態だったのですが、服の重みで落ちてくるので、服に見えないという話になり、一つ一つばらして止めていくというかたちになったり、あと内側から見た風景も最初は木枠を見せようというプランだったのですが、やっぱり内側からも服をつけてなるべく仕掛けを隠すというように、現場でいろいろ調整をして今の状態になっています(*画像7)。

DSC_0311s_s_IGP0433
・左:画像6 ・右:画像7 photo: SUEMASA Mareo
(©2015 ANREALAGE ©2015 21st Century Museum of Contemporary Art, Kanazawa)

 かなり端折ってしまいましたが、こんな具合に試行錯誤して展示を作っていったわけです。現在活躍中のアーティストを紹介することが多い美術館なので、これまでにもいろんなアーティストと現場でものをつくったり、展示したりという経験をさせてもらって、それはアーティストの姿勢を垣間見られる貴重な時間でした。
 今回アンリアレイジの展示で感じたのは「粘り強さ」でした。それは、アンリアレイジの服づくりそのままなんじゃないのかなと、ギリギリまで諦めない、そしてなぜそうするのか、なぜそれではいけないのかということを全て自分が納得するまで考える、相手が納得するまで説明するというスタンスというのは、アンリアレイジのファッションの考え方とすごく共通点が多いんじゃないのかなと、展示の過程をご一緒して感じました。一つの展覧会といった切り口から、森永さんの、アンリアレイジの、ファッションに対する姿勢というものを、垣間見たような気がしました。

 アンリアレイジの服が決して安くないというのは、おそらくみんなご存知だと思うんですけど、それでも多くのファンがいて、ビジネスとして成立しているのは、たぶん完成された商品だけでなくて、そうしたものの考え方とか真剣さとか、もがいている様子も含めて、それらが商品に反映されていて、消費者はものを買うときにアンリアレイジのコンセプトも同時に買っているんだろうなと、今回一緒に仕事してみて感じました。

 「金沢」という地方で、観光客が多いエリアにあり、現代美術のコレクションをもつ美術館で、アンリアレイジのことを知らない来場者がほとんどである、そんな環境において空間ひとつでコンセプトを伝えるというのは、アンリアレイジにとっても大きな課題だったかと思います。ただ、展示空間をつくるというゴールに向かうまでに、たくさんのハードルを乗り越えながら、大事なことが整理されていき、ゴールがクリアになったような気がしています。

   

平林 恵(ひらばやし・めぐみ):
金沢21世紀美術館キュレーター。
熊本県生まれ。早稲田大学第一文学部美術史学専修卒業、英国エセックス大学大学院修了。1995年より2006年まで「養老天命反転地」(岐阜県)学芸員をつとめる。2006年より金沢21世紀美術館キュレーター。主な展覧会企画に「日比野克彦アートプロジェクト『ホーム→アンド←アウェー』方式」、「未完の横尾忠則—君のものは僕のもの、僕のものは僕のもの」、「押忍!手芸部 と 豊嶋秀樹『自画大絶賛(仮)』」、「フィロソフィカル・ファッション」シリーズがある。

フィロソフィカル・ファッション 2:
ANREALAGE “A COLOR UN COLOR”


目まぐるしく移り変わる流行、それを支えるファストファッションの隆盛が顕著ないま、衣服の意味を問い直し、一貫したコンセプトでファッションを提案し続けるクリエイターを紹介するシリーズ「フィロソフィカル・ファッション」。第二弾では、身体や衣服への独自の考察から生まれるコンセプチュアルなデザインと、細部まで徹底的にこだわったものづくりで注目されるファッション・ブランド「ANREALAGE(アンリアレイジ)」を紹介。
(金沢21世紀美術館Webサイト、展覧会概要より)

金沢21世紀美術館 デザインギャラリー
2013年7月12日(金)- 2013年11月24日(日)

「フィロソフィカル・ファッション」展覧会記録 1/4(pdf) FINAL HOME
「フィロソフィカル・ファッション」展覧会記録 2/4(pdf) ANREALAGE “A COLOR UN COLOR”
「フィロソフィカル・ファッション」展覧会記録 3/4(pdf) mintdesignes “happy people”
「フィロソフィカル・ファッション」展覧会記録 4/4(pdf) クロージング・トーク

コメントを残す