「ファッションとは何か?」
ウィリアム・クラインほど軽やかに、するどく、クールに、この問いを提示した映画作家/写真家はいません。26回目のThink of Fashionはウィリアム・クラインについて、映画に焦点を当てながら考えていきます。
クラインの3本のファッション映画(「ポリー・マグ― お前は誰だ?」「モード・イン・フランス」「イン&アウト・オブ・ファッション」)*は、ファッションの世界を裏も表も知り尽くした作家が、あふれる愛情とそれと同量のするどい批判精神で、時代のファッションの姿を的確にとらえつつ、「ファッションとは何か?」という問いを観客に突きつけます。
ファッションに興味のある人が一度は観るべき映画、ファッションについてもっと深く知り、考えたい、と必ず思わせる映画です。実際に映画の一部を観ながら、クラインとファッションとの間の魅力的な関係を発見していきましょう。
ウィリアム・クライン
1928年ニューヨーク生まれ。絵画を学び、「ヴォーグ」などファッション誌でも活躍する写真家で、テレビのドキュメンタリー番組のディレクターも務めたのち、初の長編映画「ポリー・マグ― お前は誰だ?」を撮影します。その後も、母国アメリカ合衆国を痛烈に批判した「ミスター・フリーダム」(1969),ボクサーの人生を追った「モハメド・アリ/ザ・グレーテスト」(1975),20世紀のファッション史を早送りで概観できるスケッチが秀逸な「モード・イン・フランス」(1985),「イン&アウト・オブ・ファッション」(1998)などの映画を撮り続けます。写真家としては、ファッションのほか都市をテーマにした作品を発表。とくに1956年にパリで出版した『ニューヨーク』は、写真史に残る写真集といわれます(1957年ナダール賞受賞)。
*ウィリアム・クライン ファッション映画三部作
「ポリー・マグー お前は誰だ?」(1966)
「モード・イン・フランス」(1985) *20世紀のファッション史を早送りで概観できる章が秀逸。
「イン&アウト・オブ・ファッション」(1998)
レポート
ウィリアム・クラインが一体何者であるかを、その経歴から大まかに把握してみる。クラインは、ニューヨーク生まれのユダヤ系アメリカ人で、兵役でパリに渡ったことをきっかけにパリのソルボンヌ大学で学び、一時はフェルナン・レジェ※に師事し絵画を志していたこともある。その後、当時ヴォーグのアート・ディレクターであったアレクサンダー・リバーマンと出会い、見事ヴォーグの契約写真家に抜擢され、ファッション・フォトグラファーとしてのキャリアをスタートさせる。写真家としてのクラインの名を世間に知らしめたのが1956年に発売された「ニューヨーク」である(そもそもヴォーグの契約写真家として働き始めたのも、この写真集の出版を支援してもらうということが条件だったと芳野氏は話していた)。
その後、共同監督を務めた「ベトナムから遠く離れて」(1967年)という映画作品にて、痛烈なベトナム戦争の批判をしたことにより、ヴォーグから解雇されたわけだが、結局のところクラインのバイオグラフィーを抑えたところで、肩書きが多すぎて彼が何者であるかは掴めない。それを見越した上で、彼のファッション映画三部作からクラインが一体何者であり、その魅力を読み解いていくのが、今回のThink of Fashionの目標であった。
会の導入部分で芳野氏は、ファッション映画を二つの種類(ドキュメンタリー映画とフィクション映画)に分類して説明し、日本のファッション映画やファッションを題材にした漫画について触れた上で、クラインのファッション映画三部作を公開順に解説された。
今回は実際の映像を一部鑑賞しながら解説するという流れだったのだが、鑑賞後に芳野氏が視聴者の感想を聞いていき、一人一人の疑問点や興味を汲み取りながらクラインの試みを読み解いていくという視聴者参加型の講義が印象的であった。ファッション業界関係者の参加者から貴重な証言が出ることも多く、講義のテーマから広がりのある会であったと思う。
それぞれの作品に関して芳野氏が述べたことをまとめると以下のようになる。
一作目の「ポリー・マグー お前は誰だ?」(1966年)では、ポリーとは誰か? を考えることでファッションとは何か? を考えるストーリー展開がなされており、「ファッションはメディアだ」とするクラインの見解がそのストーリー構成を支えている。
二作目の「モード・イン・フランス」(1984年)では、歴史的にフランスのモードを語ると同時に、「服が人をつくる」という哲学的な観点を含んだ語りが映像作品だからこそできる工夫によって展開されている。(3人のモデルが時代を追うごとに服を着替えていくシーンでは、イラストや写真といった資料からは知ることのできないドレスの下の様子が見え、モードの変遷とともに下着のあり方も変わっていったことがわかるようになっている)
そして、三作目の「イン&アウト・オブ・ファッション」(1988年)こそが、三部作中最もクラインとファッションとの関係を表しており、まさにウィリアム・クラインはファッションの世界をイン&アウト(=出たり入ったり)しながら、その特別な立ち位置からファッションを見つめていた。そのことは、芳野氏が引用した”My relationship with fashion was in&out.”“Fashion was never my passion.”というクラインの言葉からも明らかだろう。
ファッション映画三部作を紐解き、ウィリアム・クラインが一体何者であるかという問いに答えを出すとするなら、それは、ファッションとその外の世界を出たり入ったりする人であり、彼の魅力とは、ファッション好きにもファッション嫌いにもなりきれない、その不思議な眼差しにあるのではないだろうか。
謎多き彼の作品を読み解くにはあまりにも駆け足で進んだ講義ではあったが、これを機にウィリアム・クラインのファッション映画三部作をじっくり鑑賞してみていただきたい。ファッションに情熱を燃やしているからこそ見落としてしまうファッションの本当の姿が、皮肉とユーモアをもってじわりじわりと見えてくるに違いない。
※20世紀前半のフランス人画家。キュビスムの画家と見なされているが、キュビスムとも違う独自の作風をもっていた。
Think of Fashion 実行委員会
講師プロフィール
東京成徳大学経営学部(ファッションビジネスコース) 特任准教授
セゾン現代美術館/主席研究員・理事
東京生まれ。東京大学教養学部教養学科フランス科卒。フランス政府給費留学生として渡仏、パリ第四大学にてDEA取得。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究(フランス)博士課程単位取得満期退学。
NHKラジオ講座「まいにちフランス語」応用編「ファッションをひもとき、時を読む」(初月テーマ:クライン「ポリー・マグーお前は誰だ?」)講師。
主訳書に『香水 ― 香りの秘密と調香師の技』(白水社 文庫クセジュ)。
小説(とくにマルセル・プルースト)、映画におけるファッション、ヘアメイクについて研究しています。
【HP】http://maiyoshino.com/