1. ファッション・ローへの関心の高まり ーアメリカとヨーロッパとの違い
――2015年4月に、ファッション・ロー・インスティテュート・ジャパン(FLIJ)が発足しました。FLIJは、知的財産教育協会内に設置されたファッションに関する法的保護制度の研究所で、金井さんはその事務局長を務めているわけですが、まず、ファッション・ローに興味持ったきっかけについて教えてください。
以前の特許事務所で、ファッション・ブランド関連の商標、意匠などの権利化や、模倣品対策などを担当していました。アメリカの知人の弁護士から、スーザン・スキャディという女性の教授が「ファッション・ロー」の研究を始め、アメリカでは既に、ファッション・ローを学ぶコースがあるということで、2014年5月にアメリカのフォーダム・ロースクールで開催される2週間ほどのファッション・ローのセミナー「Fashion Law Bootcamp」に参加しました。日本でもファッション・ローという考え方が必要だと思うようになり、スキャディ教授と話をするなかで、彼女らとコラボレーションする形でファッション・ロー・インスティテュート・ジャパンの設立に至りました。
ファッション・ローは、アメリカでもここ4、5年の間に始まった学問なので、まだメジャーとは言えませんが、ロースクールだけではなく、ニューヨーク州立ファッション工科大学やパーソンズ・スクール・オブ・デザインといったファッション・スクールでもファッション・ローの授業があるそうです。米国におけるファッション・ローでは、ファッション・ビジネスに関係ある法律を網羅しています。メインは知的財産で、商標、意匠、著作権などが中心ですが、それ以外にも、M&A、ファイナンス、リテール、労働法なども含まれます。日本では、まずは知的財産を中心に、ブランドやデザインをどう守っていくのかをこの研究所で調査・研究していきたいと思います。
――なぜアメリカでファッション・ローが生まれたのでしょうか?
アメリカでは「衣服のデザインは皆のものだから、誰かが独占すべきものでない。皆が安くが着られることがベストである」というコンセンサスのようなものがあるそうで、衣服のデザインは著作権法では保護しないという判断を下した裁判例が、第二次世界大戦前には既にあったそうです。こうした背景もあり、アメリカはヨーロッパや日本に比べてファッション・デザインの保護が一番弱いと考えられています。確かに、ヨーロッパ、特にフランスなどでは保護が強く、意匠法での保護に加えて、著作権法で衣服のデザインを保護してくれます。日本のプロテクションはヨーロッパとアメリカの中間ぐらいに位置付けられています。
しかし、過去にはファッションの保護に消極的であったとしつつも、その後、ラルフローレンやマーク・ジェイコブスといったアメリカ発のブランドが国内外で成長するにつれて、彼らが模倣被害に会う機会が増え、アメリカでもより強いファッション・デザインの保護を求める声が大きくなってきたという経緯があるそうです。
加えて、情報技術の進展が2000年頃から起こり、極端な例では、ファッション・ショーを発表した直後に、中国などの工場にその情報が送られ、極めて短期間にそのデザインの商品を作れてしまう環境が出来てきました。技術の進展により模倣品を作る期間が数週間といった具合に極端に短くなってしまっているために、自分たちがその服を売り、投資が回収できるより前にかなり安い値段でそのデザインの服が売られてしまっている。つまり、模倣品出現の早期化のために投資の回収ができない状況が増えているそうです。こうした状況の一例として、ほぼ同時期にファストファッションが台頭してきたことが挙げられています。一部のブランドはコピーの常習犯と呼ばれたりもしているようです。ファッション・ローが生まれた背景には、アメリカ発のブランドが成長したことに加えて、こうした問題の解決をファッション業界から求められていることもあるのです。
こうした背景から、ファッションと法律を考えるファッション・ローの活動は高まりつつあり、その成果の一例として例えば、2012年にアメリカでは著作権法で衣服デザインを保護できるように改正しようという法案が議会に提出されました。とは言っても、その法案は通ってはいません。前述のとおりこれまの歴史的な流れもあり、ハードルは高いようです。しかし、アメリカでもファッションのデザイン保護の意識が高まってきているということを示す出来事であると思います。
――ヨーロッパにはファッション・ローという考え方はありますか?
私のクラスメートにイタリアのあるロースクールの教授が参加しており話を聞いたところ、これまではファッション・ローという枠組みはヨーロッパではなかったようですが、彼女が近々イタリアでもファッション・ローのコースを始めると言っていました。
元来、ヨーロッパでは、ファッションデザインの保護は手厚い傾向があります。例えばEU全体の制度で「コミュニティー・デザイン」(共同体意匠)というのもあります。実体審査がないので、数週間で登録が出来ますし、先ほどお伝えしたようにフランスなど国ごとにはなりますが、著作権法による保護も期待できます。ちなみに、衣服のデザインは原則、意匠法の保護対象で、日本だと登録に半年から1年かかってしまいます。ヨーロッパの制度は、商品の鮮度の面からしてもビジネスの実情とあっていると思います。ヨーロッパではこうした保護の手厚い状況にあったので敢えてファッション・ローという枠組みを考えてこなかったのかもしれません。しかし、これまでも将来もファッションビジネスがヨーロッパにおける一大産業であることに間違いはありません。ファッション・ビジネスにおける彼らの優位性を維持し、更に伸展させるためにもファッション・ローを調査、研究、教授することは欧州においても重要なことと考えられているように感じました。
2. ブランド・イメージなど抽象的なものを保護することの難しさ
――日本の状況はどうでしょうか? また、FLIJの活動はこれからどういったものになっていく予定ですか?
これまで日本の知的財産権制度は、ファッションビジネスという側面から考えられる機会が多かったとは言えません。例えばですが、意匠制度では、登録までに1年弱もかかってしまい、他方、保護期間は20年もあります。ファッション企業の方からは、「もう少し早く登録できるとよい」とか「そこまでの保護期間はいらない。衣服デザインであれば1年程度の保護で良い。」との声を聞くことがあります。ヨーロッパの制度(無審査登録や未登録でも保護する意匠制度など)を参考に、日本において新しい制度を考えていければとも思っています。電気や自動車のようなハード・デザイン(表現が適切かは分かりませんが)ではなく、ファッションや家具のようなソフト・デザインの視点から新しい制度を考えてみると面白いかと思っています。
FLIJの活動は、ファッション・ビジネスについてブランド/デザイン・プロテクションを調査、研究することです。調査では各国(アメリカ、ヨーロッパ、アジアなど)の法制度、判例の情報を集めたいと考えています。地理的範囲としては、欧米に加えて、中国や東南アジアにも注目しています。研究の内容的には、例えばですが、「イミテーション」と「インスピレーション」はどこに差があるかといった点や、ファッションの保護に適した新しい仕組みの研究などが考えられると思います。
また、デザイン・コンセプトやブランド・イメージといった抽象的なものの保護についても研究できればと思っています。どのように保護するかは難しいのですが、ファッション企業においてこうした抽象的なイメージは重要な役割を果たすことがあります。模倣の技術や手段が向上するなかで、こうした抽象的な世界観などをプロテクトする方法を考えられないものかと考えています。調査、研究をして、集まった情報については、フィードバック、ファッション・ローをこれから学びたい人のために、教育の場も作っていきたいと思っています。
――「イミテーション」と「インスピレーション」の差はどのように判断するのでしょうか?
イミテーションとインスピレーションの差は、リファーされた元のものにクリエイティビティが付加されているかどうかだと考えています。その線引きはどこか?となるとケースバイケースとなり難しいのですが、実際に行われた裁判例を集めていくことによって、(明確には難しいとしても)ある一定の線引きが見えてくるのではないかと思います。これは太くぼんやりした線なのかもしれませんが、時間をかけ多くの情報を集めることにより少しずつ明確な線となるのではないかと思います。
日本でも衣服の模倣が争われた事例はありますが、国内だけだとそれほど数が多いとは言えませんので、海外の裁判例も集めて補強していきたいと思います。裁判で争った時に、判断されたポイントは何だったのかなど、より具体的な事例が大事になってきます。これまでこうした視点でファッションの裁判例が集められたことはほとんどありませんので、そのアーカイブができるだけでも意味のあることだと思っています。なので、調査により多くの情報を集めることがまずは大事で、ファッションの保護制度や裁判例を多く集め、その後で整理をし、研究をすることになるのではと思います。
また、ファッションと法律に関する教育の場もこれまではあまりなく、そういった場も増えていって欲しいとも思っています。特に学生のうちから接する機会があると良いと思います。服をデザインする方は専門学校卒の方が多いものの、営業、生産、広報などのファッション・ビジネスに携わっている方は一般の大学出身者が多いと聞きます。明治大学、青山学院大学などファッション・ビジネスの授業を提供する大学も増えてきていますので、そういった大学でもファッション・ローを学ぶ機会が増えると良いと思います。
ファッションと法律と言うと、難しいイメージがついてしまうかもしれません。しかし、これまでは法律の問題に頓着せずに済んできたとしても、今後も同様に過ごせるとは限りません。アメリカやヨーロッパがファッション・ローに力を入れるのであれば尚更、日本でも今から準備をしておく必要があるのではないかと思います。FLIJには、ファッション企業に勤務されている方や、弁護士、弁理士の方が集まり、各々が知見を持ち寄り共有化しています。また困ったケースがあればFLIJの場で他のメンバーから意見やアドバイスをもらうようなこともあり、ネットワーキング兼勉強会というスタイルです。ブランドやデザインの保護を中心に活動しております。興味がある方は、FLIJのウェブサイトなどを覗いてみてください。
知的財産教育協会 総務企画部長/弁理士・ニューヨーク州弁護士/金沢工業大学客員教授。
上智大学法学部卒業、University of Southern California (LLM)修了。政府系金融機関勤務などを経て現職。2014年、Fordham Law SchoolのFashion lawセミナーに参加し日本でFashion Law Institute Japanの立ち上げに取り組む。特許事務所ではアパレル企業等の国際的な ブランド・デザインプロテクションに携わる。
Fashion Law Institute Japan:
http://www.ip-edu.org/fashionlaw