「qr」と書いて「クル」と読む。友人にすすめられ、2014-15AWシーズンの展示会を訪ねた。そこで、紺色のコートを試着した。くたっと肩から背中にかけて抜け落ちる重さが心地よかった。生地は肉厚で、しっとりと柔らかい。聞くと、「着ぐるみ」をコンセプトにしているという。部屋の隅には、シロクマの足のような靴が置いてあった。
一見すると、かわいらしくやさしい。でも、不思議と生々しい印象を受ける。言ってしまえば、肉の塊のような。
この生々しさの正体は何だろうか。デザイナーの岸良樹さんに話を聞いた。
(収録:2014/6/25 *聞き手:菊田琢也)
何か形のあるものを遺したい
――最初に、服作りを始めた経緯についてお聞きかせください。
大学を卒業した後、エスモードジャポンに進学しました。大学時代に死を身近に感じるきっかけがあり、何か形のあるものを遺したいと考えるようになった末、自然と服作りへと向かいました。
――何か形のあるものを遺したいと思ったとき、どうして服だったのでしょうか?
そこの経緯はとてもシンプルで、服作りのバイオリズムというかサイクルがとても自分に馴染んでいるなと感じたからです。作り始めてから、はまっていった感じはあります。
――ちなみに、大学は何学部だったのですか?
経済学部です。
――そうなのですね。それで、服作りを学びたいということでエスモードへ進学されたのですよね。エスモードを選択したのはどのような理由からですか?
大きく二つ理由があって、一つは、学生の年齢層が幅広くて、少人数制で面白そうだったというところです。もう一つの理由は、メンズ科があったからです。
――メンズの服作りに関心があったのですか?
ちょうどその頃(2009年頃)は、メンズが面白いと言われていた時期で、コム デ ギャルソンが男性にスカートを履かせたコレクションが話題になっていた時期です。
――なるほど、もともとユニセックスなスタイルに興味があったのですね。
当時は気になってはいました。
――エスモードは一学年の人数はどれくらいですか?
僕がいたときは、一年生のときに60、70人ぐらいで、三年生のときにその半分くらいに。
――そんなに減るのですか!?
はい、当時はそんな感じでした。違う道に進んだり、あとは留学組もいますので。でも、少人数で厳しい環境がよかったです。そもそも、メンズというのもストイックで厳しいイメージに惹かれたところがありました。本格的なジャケットを作ったりもするので、つくりごたえがありそうだなと。
――ここ最近、エスモード卒のデザイナーたちの活躍が目立っていますが、教育上での特徴などあったりするのでしょうか?
他の学校の事情がよくわからないので比較はできないんですけど、「なぜ服を作るのか」という自分の内面と向き合うフェーズが一年生の頃からあって、だんだん修行僧みたくなってくるんですけど。二年生のときに一度、「闇の時代」が来るんです。みんなすごく落ちるときがあって、そこを乗り越えた人はすごいものを作るので、周りから強烈な刺激を受けていました。自分のコンセプト的なものを削り出してくという教育でしょうか。
――エスモード卒のデザイナーには、メンズ・レディースの区分ではなくて、ユニセックスな展開をする人が多い気がしますが、それは学校の特色だったりするのですか?
いえ、それは学校のものではないと思います。
「着ぐるみ」というコンセプト
――「qr(クル)」というブランド名は、言葉の響きから付けたそうですね。
そうです。特に意味はありません。
――「着ぐるみ」をコンセプトに掲げているとのことでしたが?
学生時代から「着ぐるみ」という意識があり、「着ぐるみ」って着ると身体的な差異がコンバートされてあまり情報を持たなくなるじゃないですか。それによって相対的に内面の歪さ(いびつさ)が剥き出しになるようなイメージで捉えています。ロゴの「 | qr | 」も、数学の絶対値の記号を模していて、レッテル的な符号のはずれた、ただの歪な孤体という意味合いがあります。
――服の表面やシルエットから柔らかい印象を受けました。ボタンやポケットも目立たないように埋め込んであったりしていて。それでいて、どこかしら生々しさが感じられるのが面白いなと思ったんです。
ポケットはシルエットに干渉して欲しくなかったので、口布を排して固さを除いた結果です。あとは角を作りたくないという反発です。それから、自然な落ちが好きなので、全て立体で作っています。手とパターンの距離感が近しいので、その結果として、「ぬっぺり」というか「ぬめっ」とした落ち感に仕上がっているところがあると思います。
――「ぬめっ」とした感じがいいですよね。初見の印象だとナチュラルでかわいくて、というブランドなのかなと思ったのですが、2014-15AWシーズンの展示会でじっくりと拝見したら、生々しさの方が強かったなと。「肉の塊」のような印象があって、その生々しさは一体どこから来るのだろうかというのを今回探りたかったんですね。
「肉」っていう印象はわりとしっくりときます。先ほどおっしゃっていた「柔らかい」というのは?
――肉の質感のような柔らかさでしょうか。ソフトというよりも温もりや湿り気があって、ぬめっとした弾力がある、というところだと思います。
先ほど申し上げた歪な孤体の一面として、内蔵であったり、生々しさという要素があるからでしょうか。
――それで、「シロクマ」がアイコンなのですよね。動物って一枚剥ぐと肉が見えるというか、そういう生々しい感じを狙っているのかなと。
天然なエグさの象徴として見ているところはあります。あの青と白しかない北極の世界で、主食がアザラシなんですけど、アザラシを食べて口の周りをぼたぼたと真っ赤にしているところがすごく愛らしくて、あの感じがいいんですよね。
――わかります(笑)。シロクマってキャラクター化されやすい動物で、「かわいい」イメージが先行しますが、自然のシロクマってそんなかわいいものじゃないですよね。
地上最大の肉食動物ですからね。
色、素材、シルエット
――2013-14AWのテーマが「sus4(サスフォー)」で、2014-15AWが「倍音」ですが、音楽的なものをテーマにされているのですか?
テーマというか「タイトル」です。テーマはそんなに大きく変わらないので。曲名や絵のタイトルみたいな感じでつけています。服を作る時に、シルエットのイメージだったりが形になる以前はすごく音のイメージが強くて、曲とか音楽というよりは単純な音なんですが、その音の感じをタイトルにすることが多いです。
――「sus4」も普通の和音よりも浮遊感というか、ふわっとする感じ、倍音もそうですけど、そうした感覚を表現したいのかなと。2014-15AWのシーズンでは、どの辺りをとくに意識されたのですか?
生々しさを増幅させたいなと思って、そこの音域を広げるようなイメージです。印象としての厚み感をとくに意識したところがあります。
――あまり色は使われないですよね。
濃紺と生成りしか使っていないです。
――それは何か理由があるのですか?
まずデザインがシルエットに依存しているので、単純にシルエットが強調される色だからということです。極論は白黒だと思うんですけど、白と黒は意図的に避けています。白は嘘くささがあるのが、黒はかっこいい感じが苦手です。
――シャツは今回からですか?
そうですね。
――難しくないですか?シルエットの出し方とかで。
シルエットを重視する作り方だとカットソーの方が作りたいかたちが作れるところはあります。最初は、シルエットを作りやすいアイテム、カットソーとパンツとコートに絞って作っていたんですけど、アイテムを少しずつ増やしていこうと思って、そこからフィードバック出来ることもあるので。
――ショート丈のコートもこれまでなかったですよね。
新型ですね。ルックのシルエットイメージから作っていくことが多く、今回作ったパンツの上には短いコートがあると自然だなという感じで。制服っぽい感じも好きで。制服のあり方も着ぐるみと似ているので。
――なるほど。コートがとても素敵だったんです。着た時の感じがとても良くて。布の重みが肩から背中にかけて自然に分散して落ちていく感じで、気持ちのいい着心地だなって。
着心地ってシルエットと「≒(ニアイコール)」で結べるほど近いものだと思います。
――素材へのこだわりについてお聞かせください。
ウールでもコットンでも湿り気のあるようなものを選んでいます。それも生っぽさとつながるんですけど。
――生々しいもの、湿り気、ぬめっとしたものって精神的に気持ちいいところがありますよね。人工的でない着心地というか。
それも天然というところで、ものすごく気になるところです。
――うん、生々しさがとても重要な気がしていて。とくに今は、そうした触覚が鈍っている時代なのではと思います。インターネットが象徴的ですが、他人と間接的に触れ合う時代で。リアルな生々しさに抵抗のある時代なのかなって。見ず知らずの人と接触するのを嫌ったり、清潔であることに敏感になり過ぎていたり。でも、肌と肌との触れ合いって本来とても重要なものだったりするじゃないですか。
そういうものがないとバランスが悪いような。ないのが不自然なような感じもします。
内面的な差異を剥き出しにする
――現在の取り扱い先はどちらですか?
名古屋の「フロノウェア(fro・nowhere)」と京都の「コトバトフク」の二店舗です。
――こういう人に着て欲しいというのはありますか?
あまり考えたことが無いです。作り始めは、女の子のイメージなことが多いです、いつも。
――ユニセックスなのですよね、かたちとして。
コートなどはサイズを分けていますが、構造としては同じです。
――ルックは女性モデルのみじゃないですか。男性モデルは使われないのですか?
男女で並んでいるものを出すと、いわゆるユニセックスとして見られそうな怖さがあるというか、何も性差をなめらかにしたいわけではないんです。「着ぐるみ」というのも身体的な差異をフラットにするというよりも、内面的な差異が剥き出しになるという点が大事なので。
――2010、11年頃からトランス・ジェンダーやアンドロジナスの流れが注目されていますが、その辺りはどのように捉えていますか? モデルのアンドレイ・ペジックが象徴的ですが、男性を中性化するでも、女性をマニッシュにするでもなく、二つの性が並存というか自然に溶け込んでいる点が特徴ではないかと僕は思っているのですが。
たぶんそういう曖昧な位置に立っている性でも受け入れられるというのが、僕たち世代の見方で、ごく普通なような気がします。何も男女が両端に位置しているわけでも無いし、性差って只の個体差だよねっていう感覚が近いという。
――その感覚がこれまでの世代にはなかった感覚なのかもしれないですね。
ジェンダーもそうですが、対極の混濁というところで言えば、ミクロとマクロの端の部分って繋がっている気がして。脳細胞を突き詰めていくと銀河みたいになっているし、端っこは全然ない気がしていて。だけど世の中はそうじゃないみたいだという違和感とか不満が、モチベーションになっているような自覚はあります。
qrデザイナー。