KEIKO NISHIYAMA(ケイコ ニシヤマ)は、2014年よりロンドンを拠点に活動するファッション・ブランド。「キャビネット・オブ・キュリオシティ(驚異の部屋)」をブランド・コンセプトに作り出される、幻想的なプリントが魅力だ。そこでは、海・昆虫・植物といった多様なイメージが折り重なり、乱反射することで、自然美と人工美が不思議なバランスで調和した世界が広がっている。
ちなみに、「キャビネット・オブ・キュリオシティ」とは、近世ヨーロッパで見られた博物陳列室のこと。世界中から蒐集した何とも奇妙かつ物珍しい品々で溢れ返り、今日の博物館の前身にもなっている空間だ。
独創的なプリントを使った服作りの源流について、デザイナーの西山景子さんに伺った。
(収録:2015/9 *聞き手:菊田琢也)
美しい欠点、不完全な美
――「キャビネット・オブ・キュリオシティ(驚異の部屋)」をブランド・コンセプトに据えていますが、何かを蒐集・陳列する空間に関心があるのでしょうか?
はい。特に博物館や庭園、水族館といったものは、人々が自然物を蒐集して研究するために作った施設です。今では、大人から子どもまでが鑑賞して楽しむ施設の一つにもなっていますが、違った視点から改めて見てみると、自然物を人工的に集めたとても不思議な空間です。それは人間のエゴにも繫がっていて、皮肉めいた空間かつ、人々が我を忘れて夢中になる/なれるとても不思議な文化・空間だと思っており、私もその虜になっている一人として、私の想像力の源となっています。
――ロンドン、あるいは日本で好きな建物や場所などありましたら、お聞かせください。
ロンドンではナチュラル・ヒストリー・ミュージアムの中にある図書館です。また日本では、まだ行ったことはないのですが、日本で唯一のキャビネット・オブ・キュリオシティである東京大学総合研究博物館にぜひ行ってみたいです。
――なるほど、自然物を人工的に集めたような空間がお好きなのですね。自然界の中に存在する「美しい欠点、不完全な美」といったものに注目されているそうですが?
自然界では生きるためにそのような装いや外見をもって生まれ、生きている生物たちが沢山います。その外見は奇妙なまでに奇麗であったり、時には不可思議であったりもします。そうした生物たちは、その場や環境に適応するために生まれていて、極端に言うと、その外見でその場でしか生きられません。
人間もある部分そうで、国や地域によって肌や目、体格も違います。そして皆、特に女性はコンプレックスを抱えていると思います。もっとこうだったらいいのに、と(だからこそファッションというものがあると思うのですが)。しかし、私が特に女性に対して素敵だと思う部分や瞬間は、彼女たちがコンプレックスと思っている、人とは違う部分を見つけた時です。ただ完璧であるだけではない、完璧ではないところに存在する美しさを際立たせるものを作ることができたらいいな、と思っております。
――また、「イリュージョン(幻想)」「ミステリー(神秘)」「キュリオシティ(好奇心)」というキーワードを挙げておりますが、それらの意味するところについて、教えてください。
これらのキーワードは、私にとってはデザインやアートといった分野では人の五感で感じる娯楽の一つではないかと思っています。生活していく中では取り除いても生きていける部分かもしれませんが、それでも人が笑ったり、何かを探していた事やものを見つけて、はっとする瞬間や感動する瞬間があってこそ、日々の暮らしに生きがいを感じたり、楽しいと思うのではないでしょうか。そのような感動を、私のデザインから感じて欲しくてこのようなキーワードを意識してデザインしています。
自然美と人工美の融合
――想像力がたいへん豊かですが、幼少の頃から現在に至るまで、影響を受けたものはありますか?
両親が絵画やデザイン、ファッションに関心があったので 幼少期から美術館や演劇に頻繁に連れて行ってもらった記憶があります。また幼少の頃、両親から離れて祖母と暮らしていた時期に、古い映画や音楽を見聞きしていました。今になって少し奇妙なものが好きな傾向はここから来ているのかもしれません。
――服作りを始めた経緯について教えてください。
母や祖父母の影響で、幼少期から絵を描くことや何かを作ることが好きでした。ファッションに興味を持つようになったのは、母に連れられて沢山の服を見る機会があったことが大きいと思います。また、幼少期にたまたま見た小学生向けの雑誌に、篠山紀信さんが撮影した子ども向けのファッション・ページがあって、それがとても記憶に残っています。その頃から学校に着ていく洋服をコーディネートして通学するのを毎日楽しんでいた気がします。
――まず最初に、女子美術大学でファッションについて学ばれたのですよね。その後、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションに留学する道を選ばれますが…
私はファッションとアートを同時に学んでいたので、メッセージ性や何か意味を持った服を作りたいという思いが強くありました。しかし、ファッションはアートの分野として外れてしまう部分もあり、また逆に何か意味やメッセージ性のあり過ぎる服は、ファッションとしては成り立たなかったりしてしまいます。
日本では既に、強いメッセージやアート性も兼ねるブランドとしてコム デ ギャルソンやイッセイミヤケといった先達たちが、シンプルで斬新なスタイルを提案していましたが、私が思い描いていた女性に着せたいスタイルとは少し違っていました。私の思い描いた女性像の中で、メッセージ性や意味を持った服を作りたいと思った時に、ロンドンの学生や新人デザイナー達が自分のスタイルでコンセプチュアルなコレクションを発表しているのを見て、私もロンドンで服作りを極めてみたいと強く思うようになりました。最初のショーの日は不安もありましたが、今までの全ての力を全力でぶつけられていると思うと、興奮して眠れられなかったのを思い出します。
――日本と英国で学んだ経験の中で、印象に残っているエピソードや学んだことなどありましたらお聞かせください。
日本では創作の原点となる「服に何か意味を持たせる」という点を学んだ気がします。もちろん、服の基礎についても学びましたが、服だけでなく、デザインやアートにおける様々な分野を同時に学ぶことができ、自由で豊かな発想を鍛えられました。イギリスにはさらにファッションを極める目的でやって来たのですが、周りには経験を積んでいる方も多く、自分自身の表現方法やコンセプトをさらに深く追求する環境が整っていました。図書館や美術館では200年、300年前の貴重な資料などが当たり前のように並び、研究目的であれば会員証を作れば誰でも観覧できることに大変驚きました。その時の興奮は忘れられません。
――ロンドン・カレッジ・オブ・ファッションの卒業コレクションについてお聞きします。「ピクチャレスクガーデン」がテーマということですが、自然美と人工美の融合といったような表現と繋がってくるのでしょうか?
イギリスのピクチャレスクガーデン(風景庭園)は、フランス式の幾何学庭園に対抗する形で造られた庭園です。そこでは、風景画に見られる遠近式の方法が用いられており、人工の手法を施しつつも限りなく自然に見えることが追求されています。人の手によりつつも自然に見える人工の美と、その手法によって極められた自然美、その両者の美がケンカをせず表現されている点が自然と人工美の融合になっていると思います。
プリントを使って、人の生活空間や時間に彩りを演出したい
――テキスタイルプリントへのこだわり、制作の仕方などについてお聞かせください。
キャビネット・オブ・キュリオシティの空間は、今までに見たことが無いものを世界中から集めたり、品種改良をして作られた人工的自然物を集めたりした独特の空間です。それに通ずる奇妙さを出すために、 これまで発表してきたプリントの絵の素材に描く生き物は、一見は実際に存在しているような生き物に見えますが、全て空想上の生き物を描いています。
――好きな素材、造形でのこだわり、などがありましたら教えてください。
表面的にも不思議な雰囲気を表現したいので、異素材テクスチャー感のある素材、例えば日本の生地ですと縮緬生地、ヨーロッパの生地ですとツイードやジャガードといった表情のある素材が特に好きです。2015SSの「アクアリウム・コレクション」では、ラフィア(raffia)といった独特な素材を用いました。
――2015SSコレクションのテーマやこだわりなどについてお聞かせください。水族館をテーマとしているのでしょうか?また、 毎シーズン、デザインに1つの生物をチョイスするとのことですが?
2015SSコレクションは魚や貝など海にいる生物をイメージしています。様々な品種の魚の写真や絵を資料として集め、デザインの上では新しい品種の魚として描いています。人魚のイメージ写真は、エドガー・アラン・ポーの『アナベル・リー』(1849)の詩と、その詩をオマージュしたミステリー映画『ナイト・タイド』(1961)から影響を受けています。その映画はそれこそ水族館、見せ物小屋を舞台にしており、その中の奇妙な場面を反映させました。
――続いて、2015-16AWコレクションについてお聞かせください。
引き続きメインテーマを「キャビネット・オブ・キュリオシティ」にしています。コンセプトタイトルは「LAPIDOPTERA(レピドプテラ)」で、昆虫や蝶蝶をテーマにしています。
――その他、取り組んでいる活動などありましたら教えてください。
プリントのデザインを活かし、靴を含めたファッション・アクセサリー分野のFITFLOPとコラボレーションしております。新しい分野でデザインできるこのような企画はとても新鮮であり、新たな表現の仕方を発見できて、とても勉強になっております。
――今後の展開などについてお聞かせください。
アパレル・ファッションだけでなく、プリントを使って、人の生活空間や時間に彩りを演出できるようになれたらと思っております。まずは生活に一番身近な、時間をともに過ごせる洋服の分野=ファッションで、一人でも多くの方に共有して頂き、コーディネートに取り入れてもらえたら嬉しいです。
――日本のファッションの現状について、思うところなどありましたらお聞かせください。
日本は素晴らしい職人や優れた技術を有する国だと思います。また、気質から思いやりのあるものを作っていらっしゃるデザイナーが沢山いると思っています。しかし、その大事に作ってきた、守ってきた環境からか、若手が入りづらい面もあるようです。イギリスでは、国の組織や組合単位で若いデザイナーへ助成金を提供したり、自立できる環境を整えたりする支援が行われていますが、日本でも、もう少し開かれた窓口が増えたら、優れた技術や思いやりを崩さずに、もっと素敵に潤ってくる気がします。
――その他、日本に向けて、お伝えしたいことなどありましたらお聞かせください。
日本は、伝統なものから今日のカルチャーにおけるまで、そしてアジアの中でも独特な文化をもった国だと思っています。そして社会全体が度重なる災害や震災など深刻な事態に直面した際にも、忍耐強くたくましく乗り越えて行く面を持ち合わせている事を再度誇りに思いました。経済的な不安も抱えておりますが、その不安を独特で高度な技術や文化を広めて行く強さに変えて行けたら素晴らしいなと思い、私もその一端を担えたらと思っております。
テキスタイルデザイナー/ファッションデザイナー。
1984年、東京生まれ。 2008年、女子美術大学ファッション造形科卒業後、アシスタント・デザイナーを経て 、2013年 2月、ロンドン・ファッションウィークにてコレクション発表。 同年、ロンドン・カレッジ・オブ・ファッション、ファッションテクノロジー科修士課程修了。 現在、ロンドンと東京を拠点にテキスタイルとファッションを中心に活動中。
http://www.keikonishiyama.jp