column 023

小山ひとみ(中国語通訳・翻訳/ライター/コーディネーター)

9月、10月は、一年中イベントの多いニューヨークでも、ニューヨーク・ファッション・ウィーク(NYFW)、テニスのUSオープン、国連総会など、特に大きなイベントが集中する時期です。パーソンズ美術大学(Parsons The New School for Design)ファッション工科大学(FIT)という、全米トップのファッション・スクールでも、華やかなランウェイ・ショーやイベントが開催され、世界各国の新しいファッションの動き以外にも、中国系デザイナーをはじめとした若い作り手の勢いを感じることができました。

まず、9月のNYFW会期中に行われた、パーソンズ美術大学大学院デザイン科の卒業ショー。2年間のコースを終えた学生たちが、自分のデザインしたそれぞれ9着ほどの服をモデルに着せて、ランウェイで披露しました。デザイン科に所属する学生は15名だそうですが、ショーに参加したのは、そのうちの11名。参加資格を得るのは、そう簡単なことではありません。学生たちは、1年前から卒業ショーの準備をスタートさせ、今年5月の卒業展では、9月のショーのアイデア・ブックを展示するなど本番に向けて準備をしてきたそうです。

会場に着くと、パーソンズの学生や関係者たちが列をなして開場を待っていました。彼らの着こなしや雰囲気を感じるだけで、ショーの開始前だというのにワクワクしてきました。ライトダウンしショーがスタートすると、会場は一気に緊張感が漂い、アップテンポな音楽が流れてくると同時に、モデルたちが休むことなく次から次へとランウェイを歩きます。パーソンズの同級生や友人、関係者たちはカメラを向け、真剣な眼差しでショーに見入っていました。

ショーが終了すると、会場からは暖かい拍手が送られ、暖かい笑顔が戻りました。友人のデザイナーのもとに駆け寄って、「おめでとう」と言いながら感極まり泣いている観客もいて、私自身グッとくるものを感じました。2年間の集大成であるこのショーが、いかに学生の彼らにとっては重く苦しいものであり、かつ、これからのデザイナー人生にとって重要なものだったのかということがひしひしと伝わってきたからです。

   
さて、ショーに参加した11名の学生のうち、5名が中国出身、1名が台湾出身です。彼らと話をする中で、ニューヨークでもこれからのファッションを担うであろう中国人、台湾人デザイナーの力強さと勢いを感じることができました。

中国の美術大学でファッション・デザインを4年間学んだ景天芳(ジン・ティエンファン)さんは、パーソンズでの2年間を「中国の教育とは全然違って、結構大変でした。パーソンズではプロセスを重視するため、とにかくひたすら、“リサーチ、リサーチ”の日々でした。でも、結構楽しんでいましたけどね」と振り返ります。毎回出される課題のためのリサーチでは、資料を読んで情報収集をするだけでなく、映像や写真を撮るなど、かなり時間をかけたそうです。

卒業ショーでは、ニーチェの「いつか空を飛びたいと思っている者は、まずは立ち上がり、歩き、走り、登り、踊ることを学ばなければならない。その過程をとばして、飛ぶことはできないのだ」という名言を試行錯誤しながら視覚化し、服に落とし込みました。服の生地は、折った紙をスキャンし、スキャンした画像を透明のシートにプリントしたもの。まるでプリーツができているかのような風合いに仕上がっていました。

日本の竹細工やアフリカの民族衣装などからインスピレーションを得たという徐隆(シュー・ロン)さんも、中国の大学でファッション・デザイン、工業デザインを学んだ後、パーソンズに入学。今回の卒業ショーを「パーソンズでの2年間だけでなく、6年間学んだファッションデザインの集大成と言えます。また、デザイナーとしての第一歩とも言えますね」と語ってくれました。

2年間イギリスの学校でデザインを学んだという台湾出身の李世焄(リー・シーシュン)さんは、今回のショーで唯一メンズを発表。「イギリスでは、どちらかといえば完成品としてのクオリティを重視するのですが、こちらでは、“プロセス”に重点を置くため、実際に服として形になるまで、多くのリサーチをするなど、かなり時間をかけるんです」とイギリスでの教育の違いを語ってくれました。「今回は、“手仕事”にこだわり、全て手作業で仕上げました。ショーのギリギリまで同級生たちに手伝ってもらって、なんとか完成させました」。

学生たちの作品はどれも完成度が高く、また、オリジナリティを感じるものでした。世界中から次世代を担おうとするデザイナーの集まるニューヨークで、他の人の目を引くような新しいものを作り出すのは並大抵の苦労ではありません。景天芳さんも李世焄さんも「この2年での大きな収穫といえば、クラスメートですね。お互い助け合いながら、切磋琢磨してきました。彼らから学んだことは、本当に大きいです」と語っていました。

   
また、ファッション工科大学(FIT)主催のショーとディスカッションも、世界各国の若いデザイナーの勢いをはっきりと感じさせるものでした。FIT美術館で「GLOBAL FASHION CAPITALS」と題した展示が開催されているのに合わせて、ベルリン、メキシコシティー、イスタンブール、ソウルという世界の4都市で活躍する4名のデザイナーが集まり、ショーとパネルディスカッションを行いました。

特に強く印象に残ったのは、デザイナーたちから語られた、それぞれが活動している街のファッションの動向についてのコメントです。イスタンブールでは、ここ数年、若い作り手が新しいことに取り組もうとする動きが出ているようで、若い消費者もブランド志向というよりは、「good」「new」「unique」なものを好む傾向にあるということが語られました。また、土地柄、西洋と東洋が混じり合い、独特なファッションが生まれるということも特徴として挙げていました。

ソウルは、この10年で大きな動きがあったそうです。以前は、新しいファッションが国外から入ってくるばかりだったのが、今ではデザイナーたちはどんどん国外に活躍の場を広げているのです。今年のNYFWでは、5名の韓国デザイナーがショーを発表したそうです。

この2ヶ月で触れたショーやディスカッションから感じたことは、「新しいファッションを生みだそうという動きが世界各地で起こっている」ということです。また、私が会った中国人、台湾人の学生たちから伝わってきた、「世界に出て、外から発信したい」という気持ちの強さに改めて驚いたとともに、彼らの将来を楽しみに感じました。

実際、ニューヨークを拠点に活躍し、デザイナーとしての地位を築き始めている中国人の卒業生もいます。昨年、パーソンズの大学院を卒業した北京服装学院出身の李佳佩(リー・ジャーペイ Andrea Jiapei Li)さんは、去年の卒業ショー後、Dover Street Marketニューヨーク店で展示が決定、H&M Design Awardにノミネートされるなど、一躍世界に名が知られるようになりました。そして、今年のNYFWでもコレクションを発表し、着実に成功への道を歩んでいます。

世界各地からアーティストやメディアが集まり、すさまじい競争にさらされるニューヨークで、迷いながらも前へ前へと進み、果敢に自分の居場所を見つけようと努力をしている中国や台湾のデザイナーの卵たち。彼らの服をお店で手にとる日が、本当に楽しみでなりません。

小山ひとみ(中国語通訳・翻訳/ライター/コーディネーター)
2015/10

   
ウェブサイト:
・景天芳: www.tianfangjing.com
・徐隆:www.longxustudio.com
・李世焄:www.leeshihhsun.com
・ROOT: http://www.root-xiaoshan.com
 (小山ひとみが主宰する、中国を拠点に活動する表現者たちのROOTS(ルーツ)を探るウェブサイト。)