ファッション・デザインの法的保護 File-03

ファッションの創造性を法は高められるか?

永井幸輔 (弁護士/Arts and Law)

   

1. ファッションにおける法的サポート ーFashion and Lawの取り組み

――永井さんは、芸術や文化活動を法的な側面から支援する「Arts and Law」という活動をこれまでにもされていますが、今回、ファッションの分野に特化した「Fashion and Law」を立ち上げたのはどのような経緯からでしょうか?
「Fashion and Law」は、「Arts and Law」のユニットの一つとしてスタートしました。2014年6月の「100人の大会議 -ファッションの未来を発明する1日」で「Fashion and Law」の立ち上げを発表し、2015年4月から本格稼動しています。

ファッションにもアートにも、これまで必ずしも十分な法的なサポートが提供されていませんでした。法律を意識せずに活動や事業を進めれば、気付かないうちに他人の権利を侵害したり、ブランド・ネームやデザインが使えなくなるなど、取り返しのつかないダメージを受けることもあります。大事なデザインや活動だからこそ、不要なリスクを減らして持続的に活動するための法的なマネジメントが重要です。

現在は、弁護士などの法律の専門家が主なメンバーですが、ファッション・デザイン/ビジネスの視点でより実践的なアドバイスを提供するため、法律家にとどまらない、ファッションの現場で活躍している方々からも広くメンバーを募集しています。

――「Fashion and Law」では、どのような活動を行っていますか。
基本的な活動として、ファッションに関係する事業やプロジェクト、製作などを進めるために必要な法的アドバイスを行っています。イメージしやすいのは、商標権や著作権などの知的財産権でしょうか。ただ、ファッションに関わる法律は知財だけではありません。取引先の企業や消費者との売買契約、商品の製造を委託する契約、ブランドのライセンス契約、百貨店やビルとのテナント契約、スタッフとの雇用契約、展示会やショー、プロモーションを行う際のクリエイターやモデル、メディアとの契約など、多様です。

例えば、今や一般的になったeコマースでは、商品購入の方法、返品のルール、商品に関する免責事項、個人情報の取り扱いなどを、契約書ではなく、販売者がウェブサイトに掲載する「利用規約」で取り決めます。また、Googleが2015年5月に発表したテキスタイルにセンサーを織り込んでタッチパネル化するプロジェクト「Project Jacquard」などのテクノロジーとの交差領域では、知的財産権だけでなく個人情報の取り扱いが一層重要になるでしょう。

ファッション・ビジネスではさまざまな取引が行われるため、関係する法的な領域も、知的財産法、不動産法、消費者法、個人情報保護法、景品表示法、電子商取引法、労働法、国際法など広い分野にわたります。しかし、国内ではファッション・ローの専門書も見当たりません。法的サポートのニーズがあるにも関わらず、認識されずに眠っている状況だと考えています。

――近年、業界紙などで「ファッション・ロー(fashion law)」に関する記事が頻繁に散見されます。また、日本においてもファッション・ロー・インスティテュート・ジャパン(FLIJ)が設立されました。ファッション・ローの重要性が高まってきているのでしょうか?
アメリカでは、2000年代後半からロースクールでカリキュラムが組まれるようになり、2010年にFashion Law Instituteが設立されています。日本に限らず、ファッション・ローに対する注目が増しつつあります。ファッション・ローの専門家が増えて、必要な方に必要な助言が提供されることはとても良いことだと思います。

――なぜ、ファッション・ローが注目されてきているのでしょうか? また、これまで注目されてこなかったのはどうしてでしょうか?
近年のファスト・ファッションの巨大化に理由の一端があるかも知れません。もともとファッションは、デザインの模倣に寛容でした。NIKEの「Air Force 1」とA BATHING APE©の「BAPESTA©」が互いを引用しリミックスしたと言われたり、また最近ではルイ・ヴィトンのコレクションでキム・ジョーンズがクリストファー・ネメスをオマージュしたように、模倣は新しく魅力的なデザインを生み出します。また、コレクション・ブランドが発表する最新のデザインを一般的な店が取り入れて販売することがよく見られます。これによって急速にデザインが広がり、人々はまた新たな流行を求めます。デザインの創作と消費のサイクルがスピードアップし、その分売り上げが増えることで、ファッションというカルチャー/産業が大きく育ったと言われることもあります。

このような状況は、実は法律的にも裏付けがあります。衣服はいわゆる「実用品」でもあるため、美術作品と比較して著作権が認められにくく、模倣をしても違法になりにくかったのです。意匠権や不正競争防止法など、著作権の他にもデザインを守る権利や法律はありますが、今まで紛争になることは多くありませんでした。

ただ、ファスト・ファッションでは、コレクション・ブランドがデザインを発表した直後に、あまりにもスピーディーかつ安価に類似品が供給される場合があります。ブランド側でも黙認できなくなった結果、訴訟も起こされるようになり、ファッションと法律の問題が表面化し出したようにも思います。

   

2. 共創的なファッションに向けて法律ができること

――権利保護が強くなることで、ファッションの創造性は損なわれないのでしょうか? また、法律によってそれを回避する方法はあるのでしょうか?
それは、難しい問題ですね。デザインが権利によって適切に守られることは重要ですが、権利が強く主張され過ぎることで、創造的な活動が萎縮することもあります。ファッションと法律を考えるときには、そのバランスも考えていく必要があるのではないでしょうか。

例えば、写真や音楽、テキストのジャンルでの興味深い先行事例として、「クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CCライセンス)」があります。CCライセンスは、クリエイターが自分で著作権をオープンにして、著作権者でない人にもあえて著作物を使えるようにする仕組みです。クリエイターは、CCライセンスをつけることで、多くのユーザーに作品を複製したりリミックスしてもらえるので、自分が創造しないような作品がたくさん生まれたり、それによって多くの人に作品を知ってもらうことができます。最も成功した例の一つとしては、「初音ミク」が有名です。

意外かも知れませんが、実は法律的には「契約」は「法律」よりも効力が強いのです。そのため、「勝手にコピーしてはいけません」という著作権のルールを、「(一定の条件に従えば)勝手にコピーしてもOKです」というCCライセンス=契約のルールでオーバーライドすることができるのです。権利を守るだけではなく、創造性を生み出すために法律が使われた好例ではないでしょうか。

CCライセンスがファッションで取り入れられた例としては、「THEATRE, yours」があります。本来、ファッションにおける「型紙」はデザインを守るためには秘密にされますが、「THEATRE, yours」ではあえて型紙にCCライセンス【CC BY-NC 2.1】(クレジットを表示し、かつ非営利目的であれば、型紙を複製・改変し、また改変した作品を再配布することが可能なライセンス)を付けて販売し、型紙のデザインをシェアできる仕組みを作りました。購入者は、自分の好きなファブリックで服を作ったり、アレンジを加えて服を作ることができます。アレンジした型紙を公開することもできるので、他の人がその型紙を使ってさらに自分で服を作ったり、アレンジを加えることもあるでしょう。デザインをオープンにすることで、デザイナーの創造性だけでなく、服を着る人の創造性をも含めた新しい世界観を展開しています。

ただ、ファッションの場合は、「服をつくる」あるいは「型紙をつくる」という現実の作業を避けて通れません。そのためには、ミシンなどの道具は勿論のこと、服の仕立てに関わる知識・経験なども必要です。デジタルでの制作環境が整い、制作後の共有もオンラインで完結しやすいイラストや映像、音楽と比較すると、「共創」的なファッションが一般的になるためにはハードルがあるように思います。

他方で、ファッションの魅力は必ずしも服のデザインだけではなく、デザイナーやブランドの持つ世界感、仕立ての良さや機能性、他のカルチャーとのコラボレーション、ストリートやインターネットで行われるコーディネートのシェアなどの総体であるように思います。例えば、「THEATRE, yours」では、購入者は服を製作するまでの体験全体を楽しみ、またそのような新しい服の楽しみ方を提案するブランドの価値観を楽しみます。また、昨今、目にすることが増えた、いわゆる「コスプレ」を楽しむ人々は、定期的に開催されるイベントやSNSを舞台に、マンガやアニメをルーツとする世界観を共有しつつ、DIYで制作された衣装を着こなして楽しんでいます。これまでの「ファッション」に捉われない、ファッションのより多面的な楽しさの創造と提供が、「共創」的なファッションのヒントになるのかも知れません。

――「THEATRE, yours」のプロジェクトは、法律に意識的だったからこそ生まれたものだと思います。法律で権利を守りつつ、どこに創造性を求めるかといった議論を重ねることで新たなものが生まれてくるかもしれませんね。
これまでクリエイティブの現場にいることが少なかった法律家が、企画の初期段階からデザインやコンセプト、またその後の事業計画に関わることで、今までにないものが生まれてくる可能性はあるのではないでしょうか。もちろん、それに対応できる能力を法律家も身につける必要がありますし、「Fashion and Law」としても実践して行ければと思います。

――法律というと権利を守るというイメージが強いですが、法的な知識を使って創造性を高めるというのは新たな法律の可能性ですよね。

そうですね。例えば、「契約」についてどのようなイメージをお持ちですか? 「有利な条件を交渉で勝ち取る」というイメージであればもったいないかもしれません。「プレイヤー間の関係を調整するルール」と捉えることで、契約は一つのプロジェクトを円滑に進め、互いに利益を得られる仕組みをデザインするツールになるでしょう。また例えば、法律家の知識とデザインする側の知識で生み出す「商標」ができれば、どちらか一方が作るよりも、より面白く、より使える権利になるかも知れません。

とはいえ、私たちの活動はまだまだファッション分野では知られていないので、これから事例を増やしていきたいと考えています。Arts and Lawでは無料相談の窓口も設けているので是非利用していただければと思います。また、企画等のご相談は、別途専用の問い合わせ窓口までご連絡いただければ幸いです。

   

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(このインタビューの文面は、クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 ライセンスの下に提供されています。)

   

永井幸輔(ながい・こうすけ)
弁護士/Arts and Law/特定非営利活動法人コモンスフィア(Creative Commons Japan)理事。
ファッション・美術・演劇・出版・映画・音楽などの文化芸術とインターネットの交錯する領域を中心に、クリエイティブに関わる人々への法務アドバイスを提供。2014年にはファッション関連分野に特化した専門家チームFashion and Lawを立ち上げる。執筆・編集に『ファッションは更新できるのか?会議 人と服と社会のプロセス・イノベーションを夢想する』(フィルムアート社)、「自分ごとの著作権。」(MdN2016年1月号)、「デザイナーのための著作権と法律講座」(MdN、共同担当)、「法は創造性をつぶすのか」(広告2013年5月号)、『クリエイターの渡世術』(ワークスコーポレーション)等、監修にマンガ『ひまわりと天秤』。
twitter: @hanatochill