Think of Fashion 027

山口小夜子
着る人、山口小夜子

講師:藪前知子(東京都現代美術館学芸員)

2015年5月31日(日)

「山口小夜子 未来を着る人」展が東京都現代美術館で、4月11日(土)から開催され(6月28日(日)まで)話題になっております。

27回目のThink of Fashionは、この展覧会の担当学芸員の藪前知子さんをお招きして山口小夜子について考えて行きます。

「服飾」という行為をパフォーマンスにまで高めた山口小夜子の表現を辿るとともに、彼女がトップモデルとして活躍した時代を、日本のファッションの流通の変遷など、様々な角度から分析します。

さらには、ファッションのアーカイブを使った展覧会のキュレトリアルな戦略まで、「山口小夜子」という存在を歴史に位置づけるためのあれこれを語ります。

展覧会情報

山口小夜子 未来を着る人
神秘的な東洋の美を体現するトップ・モデルとして、世界のモードを席巻した後も、「着ること」をテーマに異なるジャンルを横断するクリエーター、パフォーマーとして活躍した山口小夜子。晩年には若い世代のアーティストたちとのコラボレーションを行い、最後まで時代の最先端を走り続けた彼女の軌跡が、2 0 1 5 年春、展覧会としてよみがえります。
会期 : 2015年4月11日(土)-6月28日(日)
会場 : 東京都現代美術館
URL : http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/sayokoyamaguchi.html

レポート

1970年代以降、東洋美を体現するトップモデルとして知られることが多い山口小夜子。彼女を「山口小夜子」という、ある〈作品〉として見ることができ、むしろ、彼女自身が自分を「山口小夜子」という〈作品〉として、その私生活までをプロデュースしていたのではないか、と藪前氏は語る。

今回のトークイベントでは、藪前氏と山口小夜子との出会いのエピソードを皮切りにして、当時開催中であった「山口小夜子 未来を着る人」展の展示順に、それぞれの展示制作の裏側を詳細に語って頂いた。その内容は、幼少時代にさかのぼる小夜子の趣向から、交友関係やアーティストとのコラボレーション時の逸話、はたまたファッションの展覧会を開催するにあたっての苦労話まで、多岐に渡った。イベント参加者は展覧会に既に足を運んだ方が多く、1度見た展示と情報を照らし合わせることで、より立体的な山口小夜子を思い描くことができたのではないかと、本来なら上手く話をまとめられるところであるはずが、どこまでもミステリアスな山口小夜子という存在を理解するのは、そうそう容易ではなかった。

藪前氏自身、展覧会を構成するにあたって、回顧的な視点を外し、小夜子を平面的・グラフィカルに表現することを心がけていたそうだ。小夜子について今まで見えなかった部分を、あえて観客に“見せない”ようにするための措置である。実際の展示では、冒頭に「小夜子のブレイン・ルーム」という彼女の遺品を集め、壁に彼女のライフヒストリーを掲載した部屋を設けている。観客はガラスケースのなかに詰められた彼女の遺品を見ることで、今まで知られてこなかった小夜子の新たな一面を垣間見る、そのような気持ちにさせられるのである。しかし、そこにあるのは単なる彼女の思い出の品々というわけではなく、どこまでも小夜子のイメージ・コントロールが為されたヴィジュアル完成度の高い品々だ。藪前氏は遺品収集の段階で、小夜子によって遺されたものたちが、小夜子自身の手で生前から取捨選択されている印象を受けたと言う。そしてあえて、観客が展示に見る山口小夜子を、元を辿れば小夜子自身の手で演出され提示された「山口小夜子」という〈作品〉の平面像のまま保ち、彼女の意思を尊重した展示づくりに尽力されていたということがわかった。

小夜子の活動がアーカイヴとして展示されることが主であっただけに、展示制作において藪前氏が最も苦労したことは、ファッションにまつわる権利の問題であったらしい。同氏が展示の準備に向けて行った作業のほとんどは、小夜子を掲載したあらゆる媒体や、彼女を起用したメゾンとの交渉の時間に費やされていたと言う。こうした権利収入によって成り立つファッションの産業的な側面を、ファッションの展覧会を実現しづらくする1つの要因として同氏は挙げている。また、メゾンによってアーカイヴの管理度にもバラつきがあることを指摘し、ファッションを文化として後世に伝えていく手段として業界全体がアーカイヴ管理を徹底していき、そのために美術館や博物館が重要な役割を果たせるはずだと警鐘も鳴らしていた。

同展の展示は、小夜子のアーカイヴ展示に留まらず、彼女と活動を共にした様々なアーティストによる、小夜子へのオマージュとした新作発表も兼ねており、彼らの新作も見所であったわけだが、彼らに大きく影響を与えたのは、やはり自身を「ウェアリスト(着る人)」と名乗った小夜子の揺るぎない美意識であり、それが同展のテーマにも掲げられている「着る人」という言葉の真相だ。服だけでなく、その場の空間までをも纏う姿勢とその意識は、同展の至る所で—むしろ、小夜子がいる空間全てに立ち現れている。

藪前氏いわく、小夜子は「着る側のファッション史」の制作を熱望していたそうだ。「着る側にいる」こと、また「着る側」そのものへの強烈な眼差しは、ファッション研究に大きな示唆を与えているように思うと同時に、「山口小夜子 未来を着る人」展が、単なる“モデルさん”の展覧会に留まらず、現代美術館の展覧会として成り立つことができたのも、彼女のその鋭くミステリアスな眼差しがあったからこそではないかと思うのである。

Think of Fashion 実行委員会